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中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。 オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!

 

世の中は情報で溢れかえっている。

僕が今さら言うまでもないが、特にインターネットの普及により私たちが得ることの出来る情報の量は爆発的にふくれあがり、ネット検索を適切に使うことが出来れば、自分が必要な情報のほとんどを手に入れることが出来ると言われている。

情報弱者という言葉もある通り、玉石混合の膨大な情報の中から、本物の情報を探し出す能力が無いと、情報に踊らされ、洗脳され、誰かの思惑の通りに誘導されてしまう。

いわゆるネットリテラシーの高い人は、しっかりと情報の質を確かめて、必要な情報を適切に得ることができるのかもしれないが、多分、大多数の人たちはその膨大な情報を持て余してくだらない情報に振り回されて洗脳、誘導されているのではないだろうか。

 

インターネットが人間社会に革命をもたらしたのは確かなことかもしれないが、結局のところ、発信する側も受ける側もインターネットをテレビやラジオがもう少し便利になっただけの拡張版メディアのような使い方しかしていないように思う。

そう、要は情報量が飛躍的に増えただけで昔も今も本質的な人間の情動は何も変わってはいないということだ。

 


知恵と知識の違いくらい分かるよね?


情報に踊らされる人々 イメージ

Photo credit: w?odi via Visual Hunt / CC BY-SA

未だにくだらない情報を垂れ流し続け、検索のランキングの上位をそれらの情報が独占する。
くだらない情報がくだらない知識として人々の中に蓄積する。

僕はこの状況が、人の生きる力や考える力を確実に蝕んでいると考えている。

僕の考えでは、人間が人間らしく生きていくために必要なものは知恵だ。
人類の英知という言葉があるが、それは人類が様々な困難を乗り越えて獲得した優れた知恵という意味なのだと思う。

知識とは知恵を補填するためのもので、脳に蓄積された外部からの記憶だ。
蓄積された知識を有効に使うにはそれをうまく使う知恵が必要だ。

昨今、この世の中を見回すと知恵というもののかけらも感じない思考停止状態の人間が老若男女問わずとても多いような気がしている。

世の中ポンコツだらけだ。

 

それは何故か。

 

思考しなくても生きて行ける世の中だからだ。

 

人間は手足を動かし、脳みそを酷使し、知恵を絞り出して生きて行くからこそ、他の生物ではなく「人間」なのである。
それを止めてしまったら、ただの家畜か尊厳を忘れた奴隷だ。

世の中に蔓延するくだらない情報と未だに何の疑いもなく行われている偏差値教育がそういった思考停止状態の家畜や奴隷を日本に量産している。

 


手足を動かせ!脳みそを酷使しろ!


果たしてそれでいいのか?そんなはずはない。このままだと、大多数の家畜か奴隷とそれらを飼う少数のご主人様という恐ろしい二極化が確実に進むだろう。

それを阻止するには、「覚醒」するしかない。手足を動かし、脳みそを酷使し、知恵を絞り出して生きて行く本来の人間らしい生き方に立ち戻る必要があるのではないか。

そして、少々強引な考え方かもしれないが、人間らしい生き方を培うには大自然と向き合うことがとても効果的でかつ、手っ取り早い方法であると僕は思っている。

僕は大自然の中で遊ばせてもらっているうちに、様々な知恵を身につけることが出来た。

その中でも一番大きなものは「生きて帰る」という知恵だ。

生きて帰るための知恵 イメージ

Photo credit: AirmanMagazine via Visualhunt / CC BY-NC

 

今自分が置かれている状況が生死の分かれ目のどの辺りにあるのかを冷静に判断して、生きるために何を残し何を捨てるのか、体力がどれだけ残っていて、どう使いどう温存するのか、生還までのプロセスを計画し、冷静に確実に、時には大胆に実行する。

そういったことを、実際に何度か経験した。

 


家畜や奴隷から脱却し情報を武器にする


一朝一夕でそれが身に付いた訳ではなく、自然の中での沢山の経験の蓄積が「生きて帰る」ための知恵として僕のなかに自然と培われてきたのだ。

皆が皆、そこまでのことをする必要はないかもしれないが、例えば、割と簡単に自然と向き合う方法として、出来るだけ少ない装備でのキャンプをやってみるというのはどうだろうか。

煮炊きは全て、周囲からの薪を集めての焚き火、ヘッドランプやランタンなどの明かり持たず、寝袋なしで寝てみる、もちろんPCやスマホは一切使わない。

そんな感じの体験をしてみれば、自ずと創意工夫するだろうし、色々なことを考え、行動することになり、たとえ失敗しても、その経験が生きる知恵に直結することは間違いない。
そして、都会生活をそのままキャンプ場に持ち込んだような今どきのキャンプがくだらないものに感じるだろう。
家に帰れば、何かが変わった自分を発見するはずだ。

そんな自然との関わりを続けているうちに、あなたは必ず現代社会の現状に違和感を感じるようになるに違いない。

その違和感を感じる自分自身を大事にし、日々、知恵を絞り出して生きて行くことこそが思考停止の家畜や奴隷から覚醒し、人間らしい生き方に立ち戻る第一歩となるのではないかと思う。
また、そうなってこそ、現代における情報化社会の本質を見極めることができるようになり、ネットの膨大な情報が自分にとっての最高の武器になり得るのではないだろうか。

 

この記事を書いた人

中村 光信
中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。
オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!