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中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。 オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!

 

キャラバンの中間地点のチョムロンまで到達。

ようやく、標高2000Mを越え、このアンナプルナ内院トレッキングコースも少しずつ山岳らしくなってきたが、ここでちょっと、このトレッキングコースを歩くトレッカー達や現地のネパール人のお国柄などを書いてみたいと思う。

トレッカーの人種は、圧倒的に欧米人が多く、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアなど多岐にわたっていて、アジア系の人は、日本人と韓国人が多かった。同じアジア系でも中国人とおぼしき人は今はどうか分からないが、あの当時はあまり見かけなかったと思う。インド系やアラブ系、アフリカ系の人もいなかった。

一方、ロッジやゲストハウス、バッティ(茶屋)を切り盛りしているネパール人はネワリ族かグルン族が多く、チベッタンのやっている宿はこの地域では少ないように思う。

エベレストのある、クンブ地域では逆にチベット系のシェルパ族が多い。

 


アンナプルナ内院コースは日本人が人気!


そして、宿のスタッフに一番人気があるのはダントツ日本人だ。
どの宿に泊まった時も、とてもフレンドリーに対応してくれるし、ポーターやガイド達も休憩中などに良く話しかけてくれた。

日本国内にいてもなかなか感じることの出来ない他民族の性格の傾向も、この様々な人種の人々が集まってくるトレッキングルートを歩いていると少しずつ分かってくるのが面白い。

文化の違いなど、色濃く出る場面が結構ある。
欧米人は宿での食事の時なども、軽いおしゃべりをしながら仲間どうしとても打ち解けた感じで寛いでいる感じだったが、宿のスタッフの対応を見ていると、欧米人に対してはとてもビジネスライクに接していたように思う。

これはおそらく、欧米人はホストとゲストの関係をはっきりと区別するからではないか。

それが分かっているので、ホスト側のネパール人は欧米人に対して付かず離れずな感じで、自分たちの行うべきサービスに徹しているようだったが、我々日本人に対しては、笑顔で接してくれてホストとゲストの関係を越えてしまうようなことが何度かあった。

 

一番世話になった、マチャプチャレBCのグルン族の姉弟がやっていたロッジでは、食事の時間が終わり、スタッフの手が空いてくる頃になると、厨房に僕たちを呼んでビールを飲みかわしながらスキヤキソングをみんなで歌って盛り上がったり、季節外れの大雪の朝、一緒に除雪作業をしたり、欧米の他のトレッカー達には僕たちも宿のスタッフも区別がつなかかったかもしれない。

 

遠征メンバーとホスト姉弟 イメージ

メンバー2人と宿のホスト姉弟のスナップ

 


実際この目で見た民族性


逆に現地のネパール人がとても嫌っていた民族もいる。

それは、韓国人とイスラエル人だ。

ネパール人たちが言うには、韓国人は横柄な態度を取り、雇ったガイドやポーター達を馬車馬のようにこき使い、時には暴力的な態度に及ぶらしい。イスラエル人は、閉鎖的で融通が利かず、気難しい態度が接しにくいという。

今でこそ、韓国と日本の関係はぎくしゃくしたものになっているような気がするが、当時は韓国人に対してのイメージは僕自身そんなに悪くなかったので、そこは意外な気がしたし、イスラエルに至っては紛争の渦中にあって軍事が強い国くらいの認識しかない。

しかし、このキャラバンの途中で、その2つの民族についてネパール人達が言っていたことが、なるほどと思える出来事があって驚いた。

 

韓国人については、同じ地区でたまたま一緒になったやくざのような人相の丸刈り、修験者のような格好で大きな数珠を首からかけていた韓国人男性が、ポーターをひっぱたいていたのを見た。

後でそのポーターがあいつは酷い辞めたい、韓国人は嫌いだと嘆いていた。

 

イスラエル人に関しては、前回書いたジヌー温泉で、僕たちが一旦あがった大きな湯船にイスラエル人が数人入って来て、僕らが戻って入ろうとしたら、まだ、何人も入れるスペースがあるにも関わらず、「ここは俺たちが入っているから入るな」とイスラエル人の一人に真顔で言われた。

 


嫌われる民族にはある共通点が・・・


韓国人の場合は、「オレは客だ」という横柄な態度がはっきり出ていたし、イスラエル人は、安住の地を奪われ、流浪の果てにテリトリーを確保した歴史が閉鎖的で頑な言動に及ぶのかもしれない。

いずれの民族も歴史的、地勢的に難しい地域に住んでいるという共通点がある。

それは差別的だという人もいるかもしれないが、そんな甘っちょろいことを善人ヅラして本気で言えるのは、この世界で日本だけかもしれない。しかし、そんな箱入りで甘っちょろい善良な面が、日本人の良い所だとも言えるような気もしているが・・・

 

カトマンズやポカラのような街にいてはそんなことは感じなかったかもしれないが、自分の身体だけが頼りの辺境地帯では、そんな人間の人種や民族の「本性」のようなものが、はっきり見えるようになるのかもしれない。

 

この記事を書いた人

中村 光信
中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。
オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!