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戸田 慶一
KR.cielo.Co., Ltd. CEO/社会実験派旅人/ブロガー/起業家 | 顧客満足度の臨界点突破を提供するサポートカンパニーKR.cielo.Co., Ltd.(クルシエロ)のCEO。その傍ら旅人として世界を歩く。かつて1年数か月にも及ぶ放浪をはじめ、世界各国にて数か月単位でのその土地に生きるスタイルで旅を続ける。その経験から紡ぎ出される言葉には多くのファンがいる。WEBメディアにて執筆記事が11万イイね超、数十万PVをたたき出し、多くの著名人にもシェアされ一気にその名を世の中に轟かせた。現在はタイのプーケット在住。笑顔あふれる国、タイにおいて日々の生活の中で常に顧客満足度のヒントを探しながら日々実践中。

 

Hi,guys!!

10歳から旅をしている旅人の戸田慶一です。今回は『ボク』について書いていきます。

僕がなぜ旅人として生きているのか、その先に見据えるモノは何か、どういったことが僕にできるのか、といったようにボクに関する説明書のようなものであります。

※電子レンジにいれることは危ないので止めてください
※熱湯を注いでもラーメンはできません

説明に入る前に注意点はこんなところです。

では、

僕の世界観に浸ってもらいます。

 


初めての旅は10歳の時だった


そう、10歳の時。当時新潟沖の日本海で重油タンカーが転覆し大量の重油が海に流れた。そのニュースを見た僕は

『このボランティアに行きたい!!』

親に懇願した。
親も学校や役所にも掛け合ってくれて行けることになった。

今でも覚えているけど、実際にその場に行って経験したかったんだ。

いざ、出発前日の学校で突如中止を告げられた。

10歳ながらに悔しがって、何度も頼んだが結果は覆らなかった。理由は同年代の子がボランティアをしていて臭いで倒れたってことだった。自分はそうはならないなんて、声高に叫んだのを覚えてる。もう誰も協力してはくれなかった。

色々考えて、ふと行きたいところとして思いついたのが広島の原爆ドーム。それに京都
まだ訪れたことがなかった僕は当時住んでいた茨城県から1人で鈍行電車の旅をさせてくれないかと親に頼んだ。

すると、親からは、いってこいと二つ返事。
当時スマホもなければ携帯もない。時刻表ですべて調べ上げて、数日中に学校を休み広島へ向かった。

これが僕の人生初めての1人旅だ。

広島の後は自分の目で見たかった金閣寺などがある京都に寄って、バスに乗り、行きたいところを周った。
旅中、色々な人に助けてもらってご飯をごちそうになったり、一緒にタクシーに乗せてもらったり、入場料金を出していただいたり親切にしていただいた。

この時、自分の知らない土地でもこんなに助けてくれる人がいる。これを確信した。

あの時の経験が僕の礎を作っていることは言うまでもない。

 


初めての海外はBurningman


それから月日は流れ、小学校、中学校での交換留学には選ばれなくて海外には縁がなかった。

大学時にクラブで働きながら、当時の彼女が僕にバーニングマンって知ってる?』こんなことを聞かれた。今となっては日本でも知名度は上がって知る人も多くなったイベントだが、当時2006年。最先端のクラブで働きながら、お客さんや知人でさえ多くが知らなかった。知っていたのはよっぽどのレイヴ好きくらいだった。

知っていても詳しく中身まで知っている人は皆無。面白そうだとなってチケット買って、パスポートとって勢いだけでいきたかったロスアンゼルスへ僕は降り立った。

現地で2週間くらい過ごしてバーニングマンへレンタカーを借り前後含め10日間ほどの旅程で参加した。もうパラダイムシフトの連続で、新しい世界観・価値観が僕の中にスッと入ってきた。

 

 


青山学院大学から旅人の道へ


大学時代の仲間たちの多くは今や大手企業と言われるところで働いている。
僕は就活というものをしなかった。それは、疑問しかなかったからだ。

なぜ同じ髪型にして、同じスーツを着て、同じ受け答えをして、自分を偽ってまでみんなが必死になっている姿を見て、正直バカじゃねーのと思った。そんなちっぽけなコマとして生きていくことは嫌だったし、何よりサラリーマンが嫌だった。

漠然と旅人や冒険家のような好きなことをし続けられる生き方をしたかった。この時は、なりたいものがあったというよりもなりたくないものがあっただけだった。就活しないという選択が僕を苦しめてきたことは言わずもがなかな。

5年もたてば仲間の給料や役職なども右肩上がり。自分はなんなんだと何度も思った。色々あって僕は無期限の旅に出ることにした。

 


1年数か月に及ぶ予定なき旅




この長旅が僕を旅人として生きていくきっかけになったのかもしれない。というのも、毎日が楽しかった。刺激ばかりで、ケンカしても、全て楽しかった。

ただ、1年を過ぎた頃この先の人生を考えた。ハンモックに揺られながら、結論は

『こんな旅をするような生活がしたい、ずっとだ』

2週間くらい向き合った。
海辺のバンガローでハンモックに揺られ紫煙を上げ、逃げずに考えた。そして行きついたのがインターネットビジネス。

パソコンだけで稼ぐ、これしかないと思った。そこからはパソコンで学ぶ師を探した。もう動画なんてどれだけ見たかわからない。

そんな中で彼らと出会った。

 


小西玲太朗と大森寛之


まず僕は彼らの動画の中である言葉に出会う。
それは小西さんが言った『音楽を続けるために音楽を一旦やめた』

なんかその時置かれている旅と音楽が重なって、旅をやめて学ぼう。そう思った。

そして、もうフィーリングだけだった。自分の世界観や価値観に近いかもしれないと色々なところから感じて、彼らのメルマガを読んだ。生意気だけど、歳が大して変わらないから見たときに『自分にもできるわ』って思った。

そして大森さんのメルマガの中でワークが出されてね。ホント不思議なんだけど、自分が行きたいところにいる人がやれって言うならやってやるって感じで毎回出した。

遅れても全部出した。当時ベトナムにいて、海底ケーブルが切れたりでネットが遅すぎたのが原因。そんなことを毎日続けていた。見ろと言われた動画は三桁は全部見た。そんな感じで毎日が終日動画と勉強の日々。毎日20時間以上くらいやってた。浪人時代がそのくらい毎日だったから僕にとってはなんてことなかった。気付いたら時間がそれくらい経ってたというだけ。

 

そんなある日、大森さんと会えるとなった。

もうこれ会うしかない。会いに行かなきゃ後悔しかない。

その先5年ほど考えていた旅の計画も忘れて『会えるなら帰国します』

数日後に帰国し、彼と会った。
緊張して何を言ったのか覚えてない。

ただ1つ、

『世の中ひっくり返したい』

こんなことだけ言ったような記憶がある。

その短い時間ですべてを伝えれたわけじゃない。僕という人間をわかってもらえたわけじゃない。
その日の夜だった。何年振りかに人前で泣いたんだ。

 


人のメルマガで泣くなんて思わなかった


大森さんと会った夜、久々に日本に帰国したので新宿で親友と飲んでた。旅の話をしながら盛り上がった。

そんなとき僕のiphoneが鳴った。
のぞくと、大森さんのメルマガだった。その時のタイトルが『時代を変える旅に出よう』とかそんなだった。

直感した、自分のことが書いてある。
開くと本当に自分のことが10何万人へ届けられていた。親友との会話をやめて読んだ。気付いたら涙が止まらなかった。

『ねぇ、どうしたの?』

親友が聞いた。もう恥ずかしいけど、声もまともに出なかったのね。黙ってiphone渡してそいつも読んで

『やっとやりたいって言ってたことを上にいる人巻き込んでいけるね!』

もうあの時は不思議な感覚だったな、本当に。帰国してよかったと思った。全部捨ててよかった。金もプライドも旅も何もかも。

そんなことがあって今の僕がいるわけである。

では、こんな僕がなぜ旅人をし、その先に何を見据えているのかその辺に触れていこう。

 


世界中に友達を作れば戦争はなくなる


僕が小学校の時に先生に言った言葉で覚えているもの

『世界中に友達がいれば、その国と戦争しようとは思わない』

これが僕の旅人をしている基となってる。

旅をしながらこの考え方を伝えてきた。多くの人が『その通りだ』と言ってくれる。
これは以前のウェビナー中にも言ったんだけど、その後に『あの言葉が刺さりました!!』とか言っていただけて、間違ってなかったと嬉しくなった。

僕は旅をしながら、どの国にも友達を創りたい。

その先に戦争がなくなるのではないかという希望をもって。

 


僕がこうやって記事を書く理由


僕がこうして記事を書くには理由がある。それは、

僕のやりたいことを成し遂げていくには1人よりも仲間がいたほうがいいからだ。

1人よりも2人。2人よりも3人というように。
多ければ多いだけ可能性は広がるし、大きいビジョンも描ける。

そのためにここで記事を書いて僕という旅人を知ってもらう必要があるんだ。

僕の世界観や価値観、そういったモノを隠さずに出して、そこに共感してくれた人たちとつながっていければ、途上国にゲストハウスを出資し合って創って現地に雇用を生み出すことも、世界規模の遊びのプロ集団も、想像を具現化していけると思うからだ。

そのためにも今は旅人・戸田慶一という存在を1人でも多くの人に知ってもらう必要がある。

 


僕が誰に対して記事を書いてると思う?


僕は決してリッチボンボンな方に記事を読んでほしいわけじゃない。

僕が僕の記事を届けたい人は

・趣味をライフスタイルにしたい人

・会社に縛られたくない人

・世界平和を想う人

・将来に不安がある人

・旅をしながら稼いでいきたい人

・好きな人との時間が欲しい人

・アーティストを目指す人

・旅人になりたい人

・人生を変えたい人

・パソコンでお金を稼ぎたい人

・横ノリを愛する人

・雇われて働いている人

こんな人たちに対して僕は記事を書いてる。

そんな人たちの人生が少しでも変わればと思う。何か小さなきっかけで人生は変わる。それは僕がメルマガから変われたのと同じだ。そして、そんな人の中でも自分と世界観や価値観が合うという人たちと世界の歯車を少しでも変えていきたい。

 


これが旅人、戸田慶一だ


ここまで長かったけどしっかり読んでいただけてありがたい。ありがとう。

もっと僕のことを知りたければLINE@やメルマガへ登録してね。

メルマガではここには書けない旅の様子や仲間募集もしちゃうかも??

とまぁ僕に興味持ってくれた人にだけ特別な内容でお送りするんで、ぜひ登録してパソコンでの稼ぎ方までもあなたのモノにして近い将来一緒に旅に行こう!!

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詳細は公式ブログで → http://todakeiichi.info/
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この記事を書いた人

戸田 慶一
戸田 慶一
KR.cielo.Co., Ltd. CEO/社会実験派旅人/ブロガー/起業家 | 顧客満足度の臨界点突破を提供するサポートカンパニーKR.cielo.Co., Ltd.(クルシエロ)のCEO。その傍ら旅人として世界を歩く。かつて1年数か月にも及ぶ放浪をはじめ、世界各国にて数か月単位でのその土地に生きるスタイルで旅を続ける。その経験から紡ぎ出される言葉には多くのファンがいる。WEBメディアにて執筆記事が11万イイね超、数十万PVをたたき出し、多くの著名人にもシェアされ一気にその名を世の中に轟かせた。現在はタイのプーケット在住。笑顔あふれる国、タイにおいて日々の生活の中で常に顧客満足度のヒントを探しながら日々実践中。