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島津 啓史

島津 啓史

ネット集客専門会社㈱Smooz代表取締役 早稲田大学理工学部卒業後、2012年アマゾンジャパン株式会社へ新卒1期生として入社。 個人でのインターネットマーケティングの面白さと可能性に惹かれ、2014年より小西玲太朗/大森寛之の元へ師事。個人事業主向けのコンサルティングサービスで500人の生徒を受け持つ傍ら、個人としても4000万を越える売上を記録。2015年に独立し、インターネット生放送事業の立ち上げや500人規模のコミュニティの運営、並びにマーケティングの指導を行ってきた。2017年2月より現職。

どうも、島津ひろふみです。

最近Web上での露出が増えてきたので、一度僕がどんな人間なのか、どんな道を歩んできて、なぜ今ここにいるのか?

この場を借りて、ちゃんとお伝えしておこうと思います。

ちょっと長くなるけれど、ついてきてくださいね。


「島津」とは何者か?


いきなり僕がこれまで歩んできた道を話しても退屈だと思うので、僕が今現在何してんの?ってことを先に話しておきます。

今やっていることを整理すると、大きく分けて3つの顔がある。

1つめは「ライター」としての顔

ライターといっても、記事を書く上での調査や取材・編集を含めてだから、結構ここの領域で活動していることが多いかな。日に日にモノカキとしての楽しさを覚えつつあります。

島津の記事一覧
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真面目な記事も書けば、ふざけた記事書いたり、
話題の女子高生社長に絡んでみたりもします。

2つめは「プロデューサー」としての顔

プロデューサーといっても色々あると思うんですが、主にWebメディアを使ったプロモーションをやっています。具体的に言うと、ブログやSNS、メルマガや生放送といった最先端のWebマーケティングツールを使って、世の中の良い商品やサービス、面白い人やコンテンツを紹介していきます。もちろんリアルの場でのイベントを企画して、実行までやる活動もしばしば。また、芸能人のメディアプロデュースなんかもさせてもらっています。

生放送企画やったり…(自分も出たり)
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リアルでイベント開催したり…
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芸能人の方プロデュースさせていただいたり…
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3つめは、「トレーナー」としての顔

副業時代から独立した今でも、Webマーケティングを教える活動もしています。基本的にはマンツーマンでやっているけれど、たまにセミナーもやるよ。目指せエリート起業家100人!

生放送したり…
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セミナーしたり…
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なんか、一言で「旅人」とか「ナンパ師」とかインパクトのある肩書があったら良いのだけれど、残念ながら無いんだ。かっこ良い肩書き募集中!

あとは「脱エリート」を個人的なテーマに据えています。

これは僕と同じようにエリート街道をたどってきたけれど、さらに上目指したいとか、敷かれたレールに違和感を感じた人たちに、個人起業の可能性を啓蒙し、ノウハウを継承していく活動。

そうした方々は優先的に手厚くサポートしようと思っている。やっぱそうした人たちと一緒に何かできたら面白いし、凄いことができそう。純粋に繋がってみたいですね。

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というわけで、今現在僕がどんな事しているのかおわかり頂けたでしょうか?

未だよくわからないや…という人はとりあえず、「インターネットで色々やってんだな…」ぐらいでOKです。

最終的には「ハイパーメディアクリエイター」を名乗れるように今日も一生懸命頑張ってます。


これまでの歩み


僕は良い大学/会社に入ってきた、所謂優等生タイプだ。

だから、よくある、

・やんちゃしていた俺が…今では…!
・借金に苦しんでいた私が…今では…!
・残業続きだった僕が…今では…!

といったシンデレラ・ストーリーは無い。

たださ……、ぶっちゃけ……、

そういう話は聞き飽きたでしょ!?

パターン化されすぎて、僕からしたらつまらない。

だから、僕がここに至るまでの概要を
生々しく、リアルに話していこうと思う。

小・中学校時代
小学校では勉強も運動もできた優等生タイプでした。
周りからの信頼も熱くて、学級委員とかなるタイプの人間でした。あと野球やってた。

中学に入ると、高校受験のために塾行くようになって、結構勉強漬けの感じでした。おかげで特段学校の勉強とかで困ることもありませんでした。あとテニスやってた。

高校生時代
受験戦争をなんとか切り抜け、早稲田大学にエスカレーターでいける高校へと合格。しかし、ここで初めて立場が一転。

今までは、学年で上位5番目とかに入るのが普通だった自分の学力も、ここでは普通扱い。

それでもなんとか食いしばってやってたけど、まぁ中の上くらいが限界だったな。

うん、麻雀を覚えてしまったのが良くなかったなぁ。笑

あとバドミントンやってた。

大学生時代
大学はそのままエスカレーターで早稲田大学へ。

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何を血迷ったか理系に進む。もちろん女子はあんまいない。

この頃は本当に今日をいかに楽しむか。ただそれだけしか考えていなかったので、サークル・麻雀等、遊んでばっかりだった。

明らかにダメ学生の道だけど、実は個人的にはこうした生活の中で、生きていく術を学んだ気がする。

高校で置いて行かれ気味になった学力は、大学受験組に匹敵するわけもなく、テスト前にやたらと色んな友達と仲良くなって、その場を乗り切ってきた。諦めが悪く、レポートとかしっかり出して、単位だけは死守して、最低限やることはやってきましたよ。

10人規模のサークルを、代表として仕切って、2年で50人規模にしたのはやりがいがあったなぁ。
結構この時は、純粋に楽しいことにまっすぐ真剣にやってこれたから、本当に楽しかった。

大学院生時代

理系の学生は実は半分くらいが大学院まで進むという、何とも学費に苦しむ親御さん泣かせな雰囲気になっている。僕も例に漏れず大学院へ進む。

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ただ、僕は研究にのめり込めなかった。
面白くなかったし、よく分からないし、好きじゃなかったし、何よりも研究者への憧れが全く抱けなかった。

もちろん、研究職を否定するわけじゃない。けれども自分がそれで飯食っていくイメージが全く沸かなかったのを覚えている。

ここまで僕は将来のことなんて全く考えていなかった。就職もどこか有名なメーカーとかインフラやってる会社入るんだろうなーぐらいに思っていた。完全にそれがベストな道だと思い込んでいたし、「勝ち組」だと思っていた。

世の中の「リストラ」だの「低賃金」だの「ブラック企業」だの、そういう言葉とは、僕は無縁だと思っていた。

でも同じ大学の先輩や、同期で先に就職していった人たちの話を聴いていると、あながち身近な問題なのかもしれない…と危機感を持つようになった。そこから、全く本を呼んでこなかった僕が、貪るように本を読むようになった。

「起業」という言葉の種が頭に植え付けられたのも、この頃かも。

とはいえ僕の当時の価値観は「就職」という枠の中で、いかに自分を成長させられる会社にいくか?という軸しかなかった。

だから、コンサルティング・ファームやITなど、メーカーとかインフラとは関係ない企業ばかり受けていた。

その中で、縁あってAmazonに内定もらいました。

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内定後も、「自分で起業したい」という淡い想いを持ちつつも、ただ何もできないでいる自分がとにかくもどかしいまま、時は過ぎ、気づけば学生も終わり、就職。

サラリーマン時代
学生時代に読み始めたビジネス本では、どれもこれも「会社」を悪者呼ばわりしていた。だから「会社」というものに対して、相当ネガティブな印象を持った状態で入社。

けれども、蓋を開けると全くそんな事なかった。

Amazonは今となっては大企業だけど、ベンチャー気質もまだまだ存分に残っている会社だった。
「外資系」ということで冷たい印象もあったけど、これも真逆で、非常に温かい雰囲気の会社だった。

スピード感のある仕事も、任される仕事のやりがいも大きくて最高だった。そこで働いていること自体が誇りだった。

少なくとも、「転職しよう」とは一回も思ったことなかった。

副業時代

ただ、どこかで独立したいと思っている僕にとって、Amazonは環境があまりにも良すぎた。全然危機感が持てなかった。

とはいえ、いくら良い会社でも、「サラリーマン」であることには変わりなかった。週5日、日中を拘束されるのはもちろん、得られる報酬にもある程度限界がある。

別に今の状況に不自由は無いけれど、もっと自分にできることがあるはずだ!もっと世界は広いはずだ!

その想いだけで、起業を目指してインターネット上でのマーケティングを独学で学び始めた。

恩師との出会い
副業としてインターネット上でのビジネスをはじめた僕は、ある程度成果を出すことができた。けれど、これだけで長期的に食べていくには自分の人間力もスキルも足りないと感じていました。

そう悩んでいた頃に、恩師のLIFEのプロデューサー2人との出会いがあった。ありがたいことに、新規サービスの立ち上げに関わらせていただくことになった。

そこから、「個人起業トレーニングプログラム」というサービスや、「LIFE」というメディア事業の黎明期から関わらせてもらって本当に良い経験ができた。

僕自身、経験豊富で博識な2人の元で、第一線で活動させてもらったことは相当なスキルアップにつながっていたと実感しているし、感謝してもしきれない。

いよいよ脱サラ、そして起業!
社会人4年目。会社の外でも中でも新しいことをやりまくっているうちに、徐々に「脱サラ」という言葉がちらついてきた。

サラリーマンとして3年半も勤務していると、任される仕事の範囲も広くなるし、覚悟を決めないといけない。出るとしたら、そろそろだな…とは思っていた。

当初から、会社でやっている仕事も楽しいから、ダブルワークのような形で、睡眠時間削ってやってきたけれど、僕自身この環境に甘えている自分が嫌になりつつあった。

「いい会社だからサラリーマンも続けています」
が、次第に「言い訳」に聞こえてきた。

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どちらにせよ、独立起業するんであれば、早いに越したことは無い。やった後悔とやらずの後悔の比較で、圧倒的にやった後悔のほうが少ないと感じた。決断してからは早かった。

「会社を辞める」と言い出した時、もちろん周りからは疑問視ばかりされていた。僕自身もちゃんと答えられたかというと、出来ていない気がする。けれども引き止められつつも、最終的に暖かく送り出してくれた会社には本当に感謝しかない。

今だからハッキリ言ってしまうと、僕は決して「会社が嫌」というわけではなく、「会社員というライフスタイルが嫌」だったんです。これ以上でも以下でもない。

改めて振り返ってみると、これまでの人生、誰かの、または何かの看板背負ってばかりだったな…と思う。

「早稲田」 「Amazon」

これらの肩書・看板があることで僕は生かされてきた。

もちろん、脱サラして、いきなり僕だけでやってうまくいくのか?保証はどこにも無い。けれども勝算はある。

ただ、少なくとも言えることは、ここで旗を挙げなかったら
僕は一生何かの看板を使い続けることになるということ。

だから僕は「起業」をした。


何故そんな生き方してんの?


僕はただ後悔がしたくないだけ。人や過去の自分に「???すれば良かったのに」と言われるのが大嫌いだ。

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大学の途中まで、親や友人の声に流され、自分の頭で考えずに生きてきた僕は、エリートでも何でもない。ただの優秀な操り人形でしかなかった。

いざ自分で人生の舵取りを始めて行くと、今までどれだけ思い込みや勘違いに縛られてきたのかを痛感させられる。結局、自分の世界を狭めているのは自分自身なんだってつくづく思う。

それに気づけた瞬間、人生の選択肢が一気に増えた。

これまでの時代は、敷かれたレールの一本道の先頭を行くものが偉いとされていた。けれどもこれからの時代は、いかに自分のレールを敷いて、そこを全力で駆け抜けていくかが勝負です。

嫌々選ばされた、または皆と同じ選択を、後悔しないように辻褄合わせしていくのは大変だし、無理がある。それよりも、素直に良いなと思ったことを選択し続ける人生って本当に素晴らしい。


でも、そんな人生どうやって生きていくの?


迷ったらいつでも相談乗りますよ。手前味噌ながら、先に自分の道を啓くことにした経験からアドバイスできます。些細なことでも良いから、遠慮無く僕に聞いてきて欲しい。

・あなたが、どんな人生を歩んできたのか?
・どんなライフスタイルを送りたいか?
・僕のストーリーを読んで気づいたこと

下のフォームにメールアドレスを入力してもらえれば、折り返しで僕まで直接コンタクト取れる方法をお知らせするので、それを使って僕まで直接ぶつけてきて欲しい。

ちなみに、今のあなたがどんな状況だって構いません。別にエリートじゃなくたって良いよ。そもそも僕だって自分のことエリートだなんて思っていないから笑

敷かれたレールの上を走ってきたけど、

・「……で?」な人
・こんなハズじゃ無かった!な人
・もっと未知の世界を知りたい人

とにかく未来に前向きで、向上心持っている方は登録してください。

ぜひ繋がりましょう!

この記事を書いた人

島津 啓史
島津 啓史
ネット集客専門会社㈱Smooz代表取締役
早稲田大学理工学部卒業後、2012年アマゾンジャパン株式会社へ新卒1期生として入社。
個人でのインターネットマーケティングの面白さと可能性に惹かれ、2014年より小西玲太朗/大森寛之の元へ師事。個人事業主向けのコンサルティングサービスで500人の生徒を受け持つ傍ら、個人としても4000万を越える売上を記録。2015年に独立し、インターネット生放送事業の立ち上げや500人規模のコミュニティの運営、並びにマーケティングの指導を行ってきた。2017年2月より現職。