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藤林 イザヤ

藤林 イザヤ

「一日一生」を旨として、未来創造に人生を賭ける異色のビジネスアントレプレナー。牧師という公共の仕事に携わりながら、実業の舞台でも、様々な事業を手がけている。個々の個性や特技を生かした形でマネタイズするプロデュース業も行い、安部首相が打ち出した『一億総活躍社会』の具現化を、現場において推進している。


EQ、感情指数に注目せよ!!


子育てって何が重要?

子育ては、次の時代を生み出す、大切な事業だということを述べました。特に、子ども達が育っていって、未来を担います。ですから、未来創造事業、という意識をしっかり持っておくことは、非常に重要です。明るい未来になるのか、暗い未来か。それは一重に、今関わっている子ども達に託されているものだからです。我々はいつか、老いていきます。例外はありません。いつまでも、40代、50代でおれるわけではありません。だからこそ、今、将来のためにやれることをしっかりとなすことが大事です。

さて、『声に出して読みたい日本語』で大ブレイクした斎藤 孝氏が、子育て本をシリーズで発刊してくれています。その中で、私の最も好きなものが、【ガツンと一発シリーズ】『ミッション、パッション、ハイテンション』(PHP研究所、2005年)です。

ハイテンションで生きる!!

この本の中で、斎藤氏は、次のように述べています。

ミッションは、キミだけに与えられた「使命」。パッションは、メラメラと燃え上がる「情熱」。ハイテンションは、周りを盛り上げる「上機嫌」。元気が出る、楽しくなる、最強の合い言葉。「ミッション、パッション、ハイテンション!!」

語呂もいいので、覚えやすいですね。是非、「ミッション、パッション、ハイテンション!!」を、身の回りにも流行らせてみてください!!雰囲気が良くなりますよ。

ここで斎藤氏は、「ハイテンション」(High Tension)を、「テンションが高い」といった、外来語で終わらせないで、「上機嫌」と訳していますね。これが素晴らしい。基本的に、素晴らしい事をなしていく人は、例外なく、「機嫌の良い人」です。ですから、ビジネスの成功マインドでも、朗らかな人格性というものは、非常に大きな力になることは、よく言われているところです。物事を、よく受け止めるのか、それとも、ネガティブに受け止めて、深刻に悩んでしまうのか、これは天地の差が出ますね。

実は、ダニエル・ゴールマンが提唱した「EQ」(感情指数:Emotional Quotient)の研究が進む中で分かってきたことですが、人間が最終的に事を成し遂げていくのは、感情の要因が9割方だ、ということです。つまり、これは儲かるからやった方がいい、という理論的なものでは動かないのです。いや、動けないのです。それが面白そう!!とか、やり甲斐がある!!とか、難しそうだけど、できるんじゃないか?というような、挑戦の情動!!がわき上がってこそ、取り組むことができるのです。

つまり感動です。感動こそ、人を動かす最も大きな力なのです。

人は感動すると、毒でも平気で飲んでしまう、という存在なのです。ですから、情動がわき上がらない人は、大したことはできない……ということになってしまいます。もちろん、研究者はクールじゃないか、という方もおられるでしょう。いやいや、実はそうでもないのです。自分の研究の話になってご覧なさい。まあ、話し出したら止まらない人の多いこと、多いこと。それだけ、自分のうちにたぎるものがあるのです。少なくとも、これを研究していたら、ご飯を食べるのを忘れる!!ていうぐらい、情熱を傾けないと、ノーベル賞を取るような研究が成し遂げられるはずはないのです。

ということは、未来の世界で、この感動が渦巻くような現実を生み出してこそ、人間社会は華やぐし、色彩、バラエティ、多様性豊かな社会が実現して行くことになるのです。なので、EQ、感情指数を高めていく方向づけは、是非とも、幼少期から取り組んで行きましょう。


EQ、感情指数を鍛える!!


思い切り泣け!!

悲しい時に、悲しみを緩和し、癒していく道筋が、「泣く」という行動です。でも、日本人は、こうした感情表現が、極めてへたくそです。人前で泣くことは、はしたない!恥ずかしいこと、というような、因習がずっとのさばってきたからです。でも、21世紀になりました。新しい時代には、新しい感性が必要です。またそれを磨いて行く習慣を形成しなければなりません。その1つが、人前もはばからずに泣くことを恐れない!!ということです。

私には弟がおりました。しかし、18歳6ヶ月という若さで急逝しました。発病から、ほぼ2週間余り……という極めて短い期間でした。実際のところは、もっと前から不調を覚えていたのでしょう。痛みやしんどさもあったことでしょう。脳腫瘍でした。脊髄から血管が集まっている部分があります。そこの上部に、腫瘍ができていたのです。視線が合わないと言い始めて、その直後に倒れました。直ぐに入院となりました。CTやレントゲンを撮った後で、手術をする以外にない、ということになり、手術日を待っている間に、脳幹部の中で、血管が破裂し、帰らぬ人となったのです。

ほんとは……オンオン泣きたかった!!

この時、弟の病気が何故ギリギリになってわかったのか。理由がありました。当時、父も入院中だったのです。ですから、母はそちらに付き添いで看護に当たっていました。おまけに、弟は大学受験直前だったのです。受験勉強をしていますから、当然睡眠不足にもなります。自分を追い込みます。なので、しんどい、体調が悪い、といったことは、ある面、当然だったのです。ですから、受験勉強によるしんどさだろうと、本人も思っていたと思いますよ。

でも、突然、嘔吐しました。そして即入院となり、しばし、意識も戻らない状態が続いたのです。ちょうど、センター試験の終わった直後でした。本来なら、二次試験へ向けて、勉強する時に、ベットに寝ることになりました。数日後、目覚めましたので、私も話をしました。そして、私はちょうど、大学を卒業して、最後の春休みに入る時だったのです。家庭教師をしていた子たちは、登校拒否、と当時は呼ばれていた子たちでしたので、彼らを連れて、インドへ旅行に出向く直前だったのです。どうしようかな?弟がこんな状態なのに……旅行に行ってもいいものか……と迷っていました。

すると、弟が病床から言ったのです。

「お兄ちゃん。連れていったってや。アイツらにとったら、人生がこれで変わるかもしれへん。もの凄く楽しみにしとるし。オレのことやったら、気にせんと、アイツらのことを思ったって……」

涙が出ました。そして、分かった。ならば、予定通り、インド旅行はするわ、と決めたのです。

程なく、でした。弟は急逝し、天に帰りました。前夜式、召天式(キリスト教では、葬儀のことをこう呼ぶことが多いのです)を終えますと、ちょうど、出発日の前日だったのです。到底、気分的には、杳(よう)として躍らず、でしたので、楽しめる感じではありませんでした。

特に、父が入院中でしたし、ここは長男のオレが、しっかりせねば、と頑張りました。なので、悲しいけれど、歯を食いしばって、泣かなかったのです。涙は浮かべるものの、オンオンとは、泣きません。グッと奥歯を噛み締めて、頑張っていたのでした。

そして、インドに出向きました。毎朝、旅行中から、いきなり涙がポロポロとこぼれ落ちるのです。突然悲しみが突き上げてくると、涙が止まりません。実は、そこから3ヶ月、4ヶ月続いたのです。

亡くなったのが、1989年2月9日のことでした。そこからひと月インドに行き、4月から、大阪で会社員を始めました。毎朝、京都から大阪まで、京阪特急に乗って通勤します。その時です。電車に乗って、椅子に座るや、いきなり涙がこぼれ始めるのです。まあ、前にお座りの方にとったら、気味悪い思いをなさったことでしょうね。でも、仕方ないのです。感情をキチンと発散して、出してしまわなかったので、溜まりに溜まっていたのですね。それが、はけ口を求めて、毎朝、顔を覗かせていたのでした。

ほんとだったら、身も世もない状態で、激しく、オンオンを声をあげて、悲しい!!辛い!!いやだ!!と叫びながら、泣きたかったのです。でも、泣かなかった……これがずっと、尾を引くことになりました。結果的には、3-4ヶ月も泣き続けることになってしまったのです。

泣きたい時には、チャンと泣け!!

弟の死から3年後のことです。今度は父が亡くなりました。この時は、教訓を学んでいました。何も、格好付けることなどない。悲しいなら、チャンと、その悲しさを表現することが大事だ、と、心得ていたからです。私は父が大好きでした。父のようになりたい!!ということで、最終的には牧師にもなりました。現在も牧師をしていますが、ここには父への憧憬(しょうけい)というものが、根底に流れているのは、いうまでもないことです。

ですから、やはり、キリスト信仰という枠組みがあり、天国の希望ということも、よくよく、踏まえつつ、です。それでも、別れのさみしさ、悲しさというものがあります。切ない思いになります。大好きだったので、余計、悲しみが深かった……

ですから、今回は、身も世もなく、遠慮しないで、悲しみがこみ上げて、泣きたくなったら、泣くぞ!!と心に決めていたのです。

最初は、亡くなった後、フィアンセであった今の家内と、実家に戻り、衣服を整えていた時でした。こみ上げて来たのです……もう、止まりませんでした。しばらく、床に転がりながら、オンオン泣きました。それを、家内は温かく見守り、背中をさすってくれていたのです。後、3週間で、結婚式だったのです。悔しかった。父も、家内が娘になることを、心待ちにしていたからです……そんな思いが去来した瞬間です。もう、止まりませんでした。20-30分でしょうか……号泣しました。

お式が進んで行きました。そして、出棺となった時です。この時にも、こみ上げて来たのです。こんな御棺に取りすがるなんて、はしたない……という思いが過ぎったのは、つかの間のこと……なに、遠慮するものか!!と、思った途端に、嗚咽が噴き出てきたのです。しばし、出棺を止めざるを得なかったのです。泣きました。泣きました。オンオン、泣きました……悲しい!!辛い!!いやだ!!お父さん!!と。10-15分でしょうか。それが収まった後、出棺して、斎場に向かい、そこで荼毘(だび)にふしたのです。

不思議でした。荼毘にふす時、また、骨(こつ)あげをする時、静かな思いがずっと心を包んでいたのです。弟の時には、骨あげ以降が大変でした。でも、父の時には、骨あげが、1つのキリとなったのでした。

感情の正常化!!

深く学びました。感情は、強い悲しみを覚えた時に、それを「泣く」という作用で昇華しているのだ、という当たり前のことでした。でも、これがキッチリと理解できていないと、結構、子育てでうまくないのです。子どもがまだ、ほんとうはオンオン泣きたいのに、グッと我慢させてしまう……結果的には、その感情の「凝り」を癒やせずに過ごして、それが大きくグロテスクに育ってしまうということです。

まあ、こんなことは、一朝一夕に起こることではありません。だから、今日の一回を悔やむことはないのです。でも、積み重ねていく中には、よくよく、留意しておくべき点だといえましょう。

悲しみは、強いストレスを感情に、精神に与えます。そこで、泣く、ということでストレスを発散し、正常化させていこうとするのです。この作用は、バカにできないものなのです。


EQ、感情指数を高めよ!!


思い切り笑え!!

楽しい時にはどうでしょうか?楽しいのに、フッと含み笑いで終わっていないでしょうか?私は、子ども達と一緒にテレビを見ることがあります。その時に、1番大声で笑うのが私です。また、泣くのも私です。子ども達は、そんな親の姿をみて育ってきました。すると、どうでしょうか。そうです。喜ぶときに、思い切り喜ぶ、楽しむ、ということが、板に付いてくるのです。つまり、自然と、大きな声で笑い、はしゃいで楽しむようになっていったのです。

精神を病む子たちとの交わりを数多く持ってきました。共通しているな、と感じたことがあります。それは「喜ぶ」という生きるパワーを生み出す作用が、極めて少ない!!ということです。まあ、精神を病むというのは、それだけ辛いことがあり、痛みがあったからでしょう。ですから、アンニュイな気分、物憂げな雰囲気というのこそ、精神を病むのに、好都合の環境なのです。大声で笑ったり、心の底から、楽しんだりすることは、この環境を揺るがせ、ヒビを走らせてしまう、大変危険な作用なのです。なので、精神を病むのに最適な環境を選ぼうとしていきます。要は、楽しくない人生を、敢えて選び取っていくのです。これが、とっても悲しい、憂うべき現実なのですね。

だから、思い切り笑え!!

すると、精神を病みにくい環境、心の持ちようがある、ということになります。そうです。朗らかな気分です。楽しげな雰囲気です。腹を抱えて笑い転げることです。これは、正の作用を助長してくれます。

イギリス人は、ユーモアの感覚を磨いてきた人たちです。昔読んだ本の中で、こんなエピソードがありました。あるイギリスのお店が、何と店の前に爆発物を仕掛けられて、バーンと爆発させられた。当然、店のショーウィンドウは崩れ堕ちる……ガラスも飛び散る……すべてぐちゃぐちゃな状態になった……

幸い、命はまぬがれた店の主人は、その店先をみながら、フト思いたった。そして、店先の歩道に、看板を出した……

「新装開店セール!!出血大サービス!!」

これが、ユーモアだ、と大学時代に読みました。全然ピンと来ない。来なかったのです。でも、今、50歳を越えて、ちょっと分かりますよ。こいつぁ、凄いユーモアだと。売り物なんて、ぶっ壊されていて、何もないのです。商売ができるはずもない。でも、店先がぶっ壊されたので、鍵も掛けられない……ならば、新装開店セール!!って、打ち出したのは、凄いことですよ。開店が、文字どおり、閉店なき開店なのですから。

こんな災難に出くわすことは、望ましいことではないでしょう。でも、それを笑い飛ばす意気の良い人。これは常日頃から、機嫌良く生きている人です。ユーモアを心に抱いている人です。

聖書にも「人はその思った通りの人となる」と記されています。

ならば、いつも思い切り笑う人になりましょう。すると、それがいつも思っていることになります。ユーモアを思うと、ユーモアが、辛い現実も、笑い飛ばす心意気を創ります。

こうして、EQ、感情指数は高まっていき、実は、人生の幸福度指数も引き上げられていくのです。地球幸福度指数(The Happy Planet Index)というのが、数年前から注目されています。私は人生の幸福度指数(The Happy Life Index)を高めることを、推奨しています。そのインフラ、基盤となるのが、このEQ、感情指数だということを、今朝はしっかり受け止めてくださいね。

さあ、お子さんが面白いことをした時はどうしますか?そうです。両手をパチパチ叩いて、大喜びしましょう!凄い、凄いって、大げさに感動することです。すると、子どものEQは引き上げられていきます。

人生の幸福度と、EQは、非常に緊密な相関関係にあるのです。

今回は、EQに注目!!でした。では、またこんど、お会いしましょう!!

この記事を書いた人

藤林 イザヤ
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「一日一生」を旨として、未来創造に人生を賭ける異色のビジネスアントレプレナー。牧師という公共の仕事に携わりながら、実業の舞台でも、様々な事業を手がけている。個々の個性や特技を生かした形でマネタイズするプロデュース業も行い、安部首相が打ち出した『一億総活躍社会』の具現化を、現場において推進している。