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戸田 慶一
社会実験派旅人/ブロガー/起業家 10歳からの旅人。かつて1年数か月にも及ぶ放浪をはじめて、世界各国にて数か月単位でのその土地に生きるスタイルで旅を続ける。初海外でBurningman(アメリカ・ネバダ、サバイバルアートフェス)に1週間参加したことを皮切りに、首長族をはじめとした先住民との生活や地下鉄構内やマンホールでの生活などを経験し、その経験から紡ぎ出される言葉には多くのファンがいる。 WEBメディアにて執筆記事が11万イイね超、数十万PVをたたき出し、多くの著名人にもシェアされ一気にその名を世の中に轟かせた。インターネットでの生放送事業にも参画し、認知が上がる。

あなたは『グラフィティアート』と聞いて何を思いますか?

・落書き
・景観を崩す
・犯罪の温床になる
・危険な匂い
など色々な意見が出てくることでしょう。
世間にはあまりいいイメージを持たれていないグラフィティであるが、
時代とともにその姿やあり方が変わってきているように思う。
あなたは『芸術テロリスト』と呼ばれるアーティストを知っているだろうか?
彼の名前はBanksy
世界的にも有名になった彼を切り口としてグラフィティアートの世界へあなたをお連れしようと思う。


で、バンクシーって誰?


バンクシーBanksy, 生年月日未公表)は、イギリスのロンドンを中心に活動する覆面芸術家。社会風刺的グラフィティアート、ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。バンクシー本人は自分のプロフィールを隠そうとしており、本名をはじめとして不明な点が多い。2005年、自作を世界各国の有名美術館の人気のない部屋に無断で展示し、しばらくの間誰にも気づかれないまま展示され続けたことが話題となった。
僕がロンドンにいたときに幾度となく彼の作品には街角で出会ったが
その度に嬉しかった。
彼の作品に関しては、
『落書き』
とする人は少ない。
何の変哲もない壁が、
彼のエッセンスが入るだけで
とんでもない価値を帯びるのだ。
彼の作品や名前を聞いたことがある人も多いだろう。
では、
そんなグラフィティ・アートの歴史を見てみようか。


グラフィティアートの歴史


1970年代にニューヨークで、スプレーやフェルトペンなどを用いて壁や電車などに落書きをすることから始まったとされる。1980年代に入り、少数のグラフィティ行為者が前衛芸術家として持て囃されるようになった。そのような傾向は、米国において以前から存在していたが、初期のキース・ヘリングやジャン=ミシェル・バスキア。などにより、世に知られることとなった。この米国の落書き文化の源流としてキルロイ参上や、ギャンググラフィティが見てとれる。また、1983年に公開された映画『ワイルド・スタイル』によって初めてメディアに通され、世界中に蔓延した。
おおまかな歴史的な流れは
このようになるのだが、
批判やいたちごっこのようなこともずっと続いてきている。
この問題に関しては、
少し先に触れていこうと思う。
ストリートグラフィティにもルールのようなものがあることをあなたはご存じだろうか?
次はそこに触れてみよう。


ストリートグラフィティ『3つの暗黙の了解』


落書きと称されることが多いストリートグラフィティ・アートだが
そこにも暗黙の了解がいくつかある。
・他人の図案の上に書く場合は、以前のものよりも優れたものを書かなくてはいけない
・個人宅には描かない
・個人店舗には描かない
こういった暗黙の了解に支えられながら
グラフィティアートは芸術性を高めてきた。
しかし、
昨今ライターのモラルの低下があり、
決して守られていないという現状もある。


問題点から生まれた新たなスタイル


ここまでは新しく描くということにフォーカスしてお伝えしてきた。
ここで触れていくのは
『キレイにすることをアート』にすることが新たなスタイルとして台頭してきたのだ。
これを『リバース・グラフィティ』と呼ぶ。
やり方は簡単で、
ステンシルしたシールなどを汚れた壁に貼って、
高圧洗浄機で切り抜いた部分だけきれいにする。
シールを剥がせば、文字や図案が浮かび上がるというわけである。
あなたに聞いてみたいのだが、
普段世間に言いたいことや
政治に言いたいことなどを
会社の愚痴などを言ったりはしていないだろうか?
多くの方は何かしら言っていると思うのだが、
そんなあなたがグラフィティライターを
落書きだとか景観を損なうなどということができるだろうか?
彼らは、法に触れるかもしれないが好きなことを逮捕されるリスクを背負ってやっている。
世間にいいたいことがあるならば、
あなたの家の汚れた外壁に『リバース・グラフィティ』をすればいいだろう。
言いたいことも言えずに、
行動も何もできないクセに、
ネット上で文句ばかり言ってるのはダサイってこと。
はい、あなたのことです。
そんなあなたに他人のリスク背負っての作品をあーだこーだ言う資格なんてないでしょ笑


世界を歩いて思う日本


旅人である僕は
色々な場所を自分の足で歩いてみて、
強く感じたのだけど
日本はストリートで芸術に出会う確率が非常に少ないと感じた。
グラフィティだってそうだし、
音楽もそう。
日本は店舗の客寄せだったり、
店内放送が漏れて聞こえてくる程度でしょう。
大道芸人だってそうです。
スペインのバルセロナ目抜き通りも、
フランスのモンマルトルも、
ストリートに多くのパフォーマーが鎮座している。
けれど、
大道芸人なんて、日曜日の大きな公園くらいでしか見れないでしょ?
こういう点は
残念だなと思う一方で
これが日本人らしさなのかとも感じます。


リーガル・グラフィティという取り組み


リーガル・グラフィティって何なの?となるとおもうので、
つまり
リーガル(合法的な)グラフィティということです。
日本で言うと、
今はなくなったのかな?
横浜・桜木町のガード下
あとで知ったけど、
あれを仕掛けたのは友人の会社だったんだよね、さすが!!
僕も昔雑誌の撮影で使わせていただきました。
 
それ以外に有名どころなら、
渋谷の宮下公園
ここでは、
落書きを消した壁面に、
先に完成度の高いグラフィティを描き直し、
芸術性の低い落書きを減らす試みを実施している。
合法的に描ける場所があることで、
ライターには、
・人目を気にせずに描ける。
・作品を消される心配がない(一定期間)
などのメリットがある一方で
行政や市町村にには、
・観光資源となる
・都市の装飾になる
というメリットがあげられる。
これは今世界的に広がりを見せている動きです。
僕は世界を歩いて色々なところでそんな情景に出会ってきた。


個性が消される日本の個性主義ってなんなのよ?


日本では近年個性主義なんてよく言われてますが、
僕には『はい?』って感じなんです。
学校に通っていた時期を思い出してほしいのですが、
他の人と違う意見を言ったときに、
『こういうときはみんなの意見が正しいよ』
なんて言われたことありません?
周りが言われていたのとか聞いた経験はあるでしょ?
これって言い方変えれば、
みんなと同じじゃないといけないってことじゃないですか。
これが個性主義なの?
なんなの、これ笑
僕の経験で言うと、
1+1=2っていうのが理解できなかったんだよね。
なぜ、
1と1を足すと、2ってヘンテコなモノに変わるのか。
これが僕は理解できなくて、
11でいいのではないかと先生に質問したところ、
『もうなんでわからないの、こういうものなのよ』
と吐き捨てられ、
変わり者というレッテルまで貼られたことがあった。
これって僕は思った素直なことを言っただけなのに、
それを全否定されたのだ。
これが個性主義だって言うなら、
僕は個性なんていらない。


個性が強い人、僕は大好きですよ


僕も上で述べたように
・ブッ飛んでる
・おかしい
・普通の人じゃない
とかよく言われてきました。
僕の周りには
個性の強い仲間が多いのですが、
そんな人達が好きなモノに注げるエネルギーってすごいっていうのを僕は知っているんですよね。
僕の周りは好きなことを続けるために
・好きでもないコンビニバイトをしたり
・バイトをいくつも掛け持ちして、好きなことに時間を使って
・日銭を計算しながら暮らして
こんな毎日を送っている。
そんな一方で、
僕は旅人として生きているけども、
これは僕が特別なのではないんです。
今の時代は誰にでも好きなことを仕事にしていけるんですよ。
では、
『どうやってそんな生き方を手に入れたのですか?』と思われると思うので、
そんな方は
メルマガを読んでみてください。
その中で包み隠さずすべて教えています。
今まで常識外れなんて言われたことがある方は頼ってください。
あなたと似た経験をしている僕が辿ってきた術全て授けます。
個性全開で人生生きようよ!!

この記事を書いた人

戸田 慶一
戸田 慶一
社会実験派旅人/ブロガー/起業家
10歳からの旅人。かつて1年数か月にも及ぶ放浪をはじめて、世界各国にて数か月単位でのその土地に生きるスタイルで旅を続ける。初海外でBurningman(アメリカ・ネバダ、サバイバルアートフェス)に1週間参加したことを皮切りに、首長族をはじめとした先住民との生活や地下鉄構内やマンホールでの生活などを経験し、その経験から紡ぎ出される言葉には多くのファンがいる。
WEBメディアにて執筆記事が11万イイね超、数十万PVをたたき出し、多くの著名人にもシェアされ一気にその名を世の中に轟かせた。インターネットでの生放送事業にも参画し、認知が上がる。