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高橋 統仁

高橋 統仁(タカハシ トウジン)と申します。 46歳、妻と4歳、3歳の娘の4人家族。 44歳の時に腎不全になり、2015年8月にすい臓がんにより、 余命半年と事位されました。 家族の為、”生きる為の戦いと死んで何を残すか?” 二つの相反する胸の内を綴りました。

高橋統仁です。

「ひとつだけ望むのは、幼い娘にパパの記憶が残るように

なるべく一緒に時間を作ってあげてください。」

私が余命宣告をえ受けた日に嫁に言われた言葉。

”死んで残すもの”の中で、

私が一番に拘っている言葉です。

同時に、妻からこの言葉を言われた時に思った事、

”妻も私と同じで家族を一番に考えている。”

と言う事が実感できて、とても感動しました。

私は、その言葉を胸に、

毎日、2人の娘との時間を大切にし、

一緒に遊ぶことを最優先事項としています。

入院中に書いた娘への手紙もそのひとつですが、

か言っている最中に思った事があります。

その手紙は、卒園、卒業、成人式、結婚式と

人生の節目に読んでもらえるように、

それぞれ書いたのですが、

そんな未来まで私がかかわったもいいのだろうか?

というもの。

妻にとって私の死後、2人の娘との生活が待っています。

生活の為もそうですが、

他に愛する人が出来て再婚するかもしれません。

そんな時に、私の存在が邪魔をしてはいけない。

いつまでも私を引きずっていてはいけないのです。

家族の為に”死ンで残すもの”を考えていた私ですが、

残すと言うのは足かせにもなるのでは?

と言う疑問が出てきてしまったのです。

勿論、金銭的なものは、

死ぬ直前まで家族の為に稼ぎ続けたいですが、

記憶に残る事はなるべく消してやるのが

本当のやさしさなのではないだろうか?

そんな事が頭に浮かびます。

”飛ぶ鳥跡を濁さず”と良く言いますが、

それが正解かもしれません。

まぁ、手紙に関しては、

私の死後に妻の判断でどうにでもなりますが

他人の記憶は誰にも操作出来ません。

そんな事を思い、妻にそれとなく相談してみたら、

「死ぬことばっかり考えてるから、

そんなつまらない事考えるんだよ!」

「もう少し生きる方に頭使いな。」

「そんな事あんたが死んだ後、

私が考えるから、今は子供と遊んであげなさい。」

・・・。怒られてしまった。

さすが、”絶対権力者”として我が家に君臨するだけはある。

まぁ、ここは彼女なりの励ましだ。と、

ポジティブに考え直したのだが、

あんな調子でいつまでもいたら、

再婚相手なんでしばらくは見つからないだえろうな・・・。

話が少しずれてしまったが、”残すもの”として、

妻が選んだのは、子供へのパパの記憶。

私が選んだのは、”ブログ”だ。

何気ない家族との出来事の中で、私がどう感じていたか?

普段の生活の中で私が家族に感じていた事を文章に残す事。

あなたたちの父親は、生と死を真剣に受け止め、

どのような気持ちで残った人生を送ったのか?

こんな事を娘達に伝えることが出来ればと思い、

ブログを始めました。

そして同時に現代では40代の年齢の人の

1/2は癌になると言われていいます。

世の中には色々な病気はあり、

多くは医学の進歩により死亡率はさがっていますが、

唯一、癌だけは死亡率は上がっています。

癌などならなければ一番いいにこしたことはありません。

しかし何時、自分の身に降りかかるか分かりません。

もしそうなった時、こんな生き方をした奴もいる。

なんて参考になればいいと思っています。

もちろん、癌でもない人にもよんでもらい、

何か感じてもらえると嬉しいです。

何かを感じてもらえるのは、

”死んで残す”と言う事のひとつにもつながります。

だから私は、可能な限り書き続けます。

私の過去、家族の事、これから起こる事、

そして”生と死に真剣に向き合っている思い。

全てをさらけ出し、妻へ、娘へ、そして読者の皆様に

何かを感じてもらえるように・・・。

これが私の

”生闘死残”、生きるために戦い、死んで残すもの

と決めたうちの”死んで残すもの”の答えです。

この記事を書いた人

高橋 統仁
高橋 統仁(タカハシ トウジン)と申します。 46歳、妻と4歳、3歳の娘の4人家族。 44歳の時に腎不全になり、2015年8月にすい臓がんにより、 余命半年と事位されました。 家族の為、”生きる為の戦いと死んで何を残すか?” 二つの相反する胸の内を綴りました。