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金子 裕亮

金子 裕亮

批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。

10月も今日で終わり。

早朝、深夜はすっかり寒くなってしまって

なんか家から出たくなくなってくる時期だけど

そんな時こそ外に出て身体動かして

全身の細胞に酸素と熱を送り込んでやることが大切ということで

 

今日も軽くランニングをしてきました。

 

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大好きな曲を爆音でかけながら。

 

参考記事 : 「本気の瞬間が全てを癒す」超人気バンドUVERworldのオススメ曲10選

 

 

仕事が忙しくて、やることが多くて自由な時間がとれなくてしんどいって人は、その「しんどい」って肉体的なものではなく精神的な「しんどい」の場合がほとんどだと思うんだ。

 

だから、家に帰って風呂入って夕飯食べて、「明日も早いからもう寝るわ」なんて言ってないで(肉体的にしんどければそれでもOKだけど、ほとんどの場合それは勘違い)、

 

面白そうな映画を観るとか

大好きな曲を聴くとか

本棚に眠っている本を読むとか

走ったりジム行って汗流すとか

欲望のままにSEXするとか

 

何でもいいから自分の「大好き」を味わう時間を睡眠時間を削ってでも取り入れた方が絶対にいいよ。

 

 

僕も「この疲れは心の疲れだな」って気づいてからは、

無理にでも「大好き」を味わう時間をつくっていて、

僕の場合はそれが映画観たり走ることだったりするんだけど、

 

そういう生活に切り替えてからは毎日がすこぶる快適。

 

だから、オススメ。試してみて。

 

 

そんなわけで今日も走ってきて

気分よく家に帰ってきたら、

 

オイオイオイオイオイオイオイオイっ

 

と感じることがうちの「家族LINE」に

流れていたから

今日はそのことを書きます。

 

 


大好きだけど、それとこれは別。僕は家族と離れて良かった


 

 

ランニングから帰宅するとiPhoneが鳴ったので確認してみると、「家族LINE」に父さんと妹のやりとりが流れていた。

 

 

「その子かわいいの?」

 

「でも、挨拶やお礼の言葉が、全然ダメ。親のしつけがだいじ!」

 

「親の顔がみてみたいね」

 

 

事の経緯を簡単に説明すると、

新潟の我が家に知人の子供がわけあって来てて

その話を父さん(新潟)と妹(県外でひとり暮らし)がLINEでしていた。

で、妹が父さんに「その子かわいい?」と質問していたというわけ。

 

 

 

僕はこれをみて、違和感と嫌悪感を覚えた。

 

 

なんかガックリきてしまった。

 

 

 

「何言ってんのコイツら、そんなことで人の善し悪しを決めてんじゃねーよ」

 

「そんな表面的なコトだけで人に『くだらないレッテル』を貼っちゃったら、その人の『ありのまま』とか『素敵なとこ』が覆い隠されちゃって、わかんなくなるだろーが」

 

「そんなどうでもいいことで、人の魅力や価値は絶対に決まらない。人はそんなもんじゃ測れないんだよ!」

 

「俺は悲しいよ、、、」

 

 

そして、僕が言いたいのは

 

 

 

ものごとに「良いも悪い」も「正解も不正解」もないってこと。

 

あるのは「好きか嫌いか」、たったそれだけ。

 

僕ら人間が自分の狭い世界をものごとに勝手に投影して

 

自分の価値観を勝手に押し付けてる、それだけ。

 

だからね、

 

「お前の『正しさ』が世界の『正しさ』じゃないっ」

 

ということ。

 

押しつけてはいけない!

 

それに、「本当は言いたくてもうまく言えない人もいる」ってことを知っておいたほうがいい。

 

 

 

何の関わりも無い人のことだったら、

こんな風に思わなかったのかもしれない。

けど、家族という僕の一番大切な存在が

このやりとりをしていたから、

とっても悲しかったし、

同時に僕の「やるべきこと」に気づいた気がする。

 

 

 


人生は自由であらゆることは「権利」。「義務」にした瞬間にくだらないものになって腐る


 

 

昔、小さい頃は目の前で起こる全てのことが

新鮮でありのままを感じることができてたはず。

 

だから、

 

何をやっても楽しかったし疲れはしなかった。

 

「ありがとう」と言ってもらった人よりも

 

「ありがとう」を言った自分の方が嬉しかったはず。

 

 

けど、いつからか親とか周りの大人達に

 

 

ありがとうと言いな「さい」

人に感謝をしな「さい」

ありがとうが言えない子は悪い子です。

 

ごめんなさいと言いな「さい」

人にきちんと謝りな「さい」

ごめんなさいが言えない子は人間じゃありません。

 

 

こんな風に多すぎるほどの「縛り」を持たされる。

 

 

「ありがとう」も「ごめんなさい」も感謝も思いやりも、「ごめんね、申し訳ない」と思う気持ちも、ありとあらゆることは僕らに与えられた「権利」だったはずなのに、

 

気づけば全ては「義務」と化し、その義務をまっとうしようとする裏には「嫌われたくいない」「できない自分は価値の無い人間だ」という気持ちがあって、全ての行動は強迫観念から生まれるようになってしまった。

 

 

こんなのはおかしいでしょ。本来のあるすがたじゃないし自然じゃないでしょ。人間が人生がつまらなくなるし腐っちゃう。

 

 

だから

 

「ありがとう」も「ごめんなさい」も感謝も思いやりも

 

無理に言おうとしなくていい。

 

そう思えるように自分の気持ちを無理やり操作しようとしなくていい。

 

そんなことばっかりしてたら自分を見失う。

 

君の輝きが埋もれてしまう。

 

 

言いたくなったその時に言えばいい。

伝えればいい。

 

 

それが自然。

 

 

 

僕はこの人生を「自分らしく」生き抜くことで

僕の周りの大切な人から幸せにしていきます。

 

 

 

Fake it until you make it.

(今この瞬間から)

 

 

 


もう一記事読もう♪


 

「本気の瞬間が全てを癒す」超人気バンドUVERworldのオススメ曲10選

 

ぶっちゃけ「パコリたいだけ」、その理由「SEX大好き」ならOK。だけどアレなら、、、

 

自分を一番に満たし愛し続けろ。それが他人を愛することになるから。

 

「自分を味わい尽くせ」。そう聴こえたんだ。

 

今、言いたいことを言う!身の丈に合ってなかろうが関係ないぜ、ガッハハハ。

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

金子 裕亮
金子 裕亮
批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。