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金子 裕亮

金子 裕亮

批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。

6年前、上京すると決め、それを告げた僕に僕の父さんは「東京は遊びに行くところで住むとこじゃない。住むならやっぱり田舎がいいぞ」と言った。

 

東京で暮らし始めて6年が経った今、「東京は住むとこじゃない」なんてことは思わないけど、父さんの言った「住むならやっぱり田舎がいいぞ」というのは、確かにその通りだと思っている。

 

東京には楽しいことやドキドキすることムラムラすることが山程あって、そのほんの一部も味わえてはないんだけど、けど今の僕は「東京はたまにでいいや」と感じている。「東京」というか、これが「仙台」でも「名古屋」でも「京都」でも「沖縄」でも、どこだとしても「たまにでいいや」と感じると思う。

 

 


濃い味付けには「退屈さ」を感じるんです


 

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「たまにでいいや」と感じるのはなぜだろう?と考えてみたんだけど、原因は「濃い味付け」だってことがわかった。味付けが濃いっていうのは刺激が強いとも言います。

 

東京って僕には刺激が強いんですよね。味付けが超濃いっ。街は夜中でも眩しいくらいに明るいし、お洒落でキラキラした空間が多いし、闘争心とか夢とかチャンスとか甘い誘惑とか膨大な選択肢とか、とにかく味が濃くて舌がヒリヒリしてくる。ブルドッグソースに濃口醤油と塩とマヨネーズを加えてグツグツ長時間煮込んだやつの30倍くらい濃い。想像しただけで「参りました」って感じでしょ。

 

濃い味付けは、もういいかなって感じるんです。僕ももう28歳だから、おっさんがよく言う「脂っこいものはちょっと、、」が来てるのかなと心配になったんですが、でもそれは違いました。

 

与えられたことを与えられたままに、言われたことを言われたままに、自分の本音を押し殺して生きてきた自分から、好きなことは好きと、嫌いなことは嫌いと言い、好きなこと「だけ」を選択して「自分らしく」生きる自分になりたいと思って、怖くて手が震えても「好き」を選択し続けるって決めたから、心が少しづつだけど開いていった。

 

その心の変化によって、濃い味付けに嫌気がさして、もういいやって感じたわけです。濃い味付けだと「確定」を押し付けられてる気がして、窮屈で嫌なんです。味は本来、その日の気分とか体調の良し悪しが加わって完成されるものだから、もっと自由なはずなのに、濃すぎて空きスペースが無いと自分の「味わい空間」的なものが広がらないんですよね。

 

だから、とてつもなく退屈。つまらない。

 

 

って、味の話がしたいんじゃなくて、刺激が強いとすぐ飽きちゃうって話で、だから東京は飽きやすくて「たまにでいいや」と思っちゃうってことが言いたかったんです。

 

 

で、今日は一日神奈川県の久地というところにいて、そこの景色に懐かしさと親しみやすさを感じたし、「変われない自分」を責めて苦しんでる人のヒントになることが浮かんできたので、それを今日は書いてきます。

 

 


今日一日の景色たち


 

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この土手をランニングしたい。絶対に気持ちいいって~

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綺麗な流れる川。釣りしてるおじさんもいますね。

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日差しは優しいし、空気は美味しいし、大満足っす。

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夕方の景色も綺麗だな~。優しさが増します。

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川も昼間とは違う顔。

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今日は気温が高かったので、冷たい川の水に冷やされた空気が火照った体をさましてくれる。

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気持ちいいな~、イキそうや~

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走りたいと思わせてくれる場所にはランナーがいっぱい


 

前置きがやたらと長くなってしまいましたが、ここからが本題。今日の景色たちをみていて僕は 「環境」の大切さを感じたんです。

 

今日の景色たち、特に昼間の土手の写真をみて、どう感じましたか。僕は生でみてたから「走りてぇ~」ってなりました。気持ちよさそうに風を切って走るランナーのみんさんがとても羨ましかった。きっと僕と同じように「走りてぇ~」と感じた人が多いはず。

 

で、そう思ってしまった一番の理由は「今すぐ走り出したくなる気持ちよさそうな土手」がそこにあるから。これで間違いないと思う。つまり抜群の「環境」があるから。実際、その土手には気持ちよさそうに走る多くのランナーさんがいたし、ロードレーサーを走らせる男女が何人も通り過ぎていった。

 

きっと、というか確実に、この土手の周辺に住んでいる人たちのランナー率とロードレーサー所持者率はかなり高いと思う。繰り返すけど、その理由は「すぐ近くに思わず走りたくなる土手があるから」。もしもの話だけど、もしここに土手がなかったとしたら、周辺住民のランナー率とロードレーサー所持者率はほぼ0に近づき、さらに言うとランナーのランニング継続日数も激減するはず。

 

それだけ環境が人に与える影響ってめちゃくちゃ大きいってことです。

 

 


「決断」なんて無意味なもんはやめて、「環境」を変えなはれ


 

「環境」が人に与える影響ってもの凄く大きくて、それに比べたら人の「意志」の力なんて米粒以下でしかないのが現実。だから人の意志が環境になんて勝てっこない。「今度こそはやってやる」的な決断をしたって、その決断の邪魔になるようなことが多くある環境に身を置いていたら、その決断は即あとかたもなく消え去る。

 

例えば、

 

「今度こそはダイエット成功させる」と決断したおねえさんが、家は高カロリーなお菓子だらけ、職場の机にもお菓子がモリモリって環境にいたら、いつになっても痩せられない。とか

 

人に注意されるとすぐにキレて暴れてしまうおにいさんが「今度こそはキレない。キレそうになっても、ありがとうと唱えよう」と決断しても、周りの仲間は喧嘩っぱやい人ばかりで、キレて暴れまくるという光景が日常茶飯事って環境にいたら、いつになっても流されてしまう。とかね。

 

 

だから、「決断」なんていう、どうせ消えてなくなる無意味なものを繰り返すのはもうやめにすればって僕は思う。「決断」を繰り返すのは最も愚かな行為だから、それよりもとっとと「環境」を変えちゃえばいい。

 

 

自分が描く「理想の自分」を体現してたり、それ以上の魅力を放つ人がいる環境に、今すぐ飛び込んじゃえばいいんです。そしたら嫌でも変わっちゃうから。

 

 

 


他人のせいにしちゃえ。環境のせいにしちゃえ。自分を責めるよりよっぽどいい


 

こういう話をするとこんな風に考える人が必ずいます。

 

 

「いやいや、それって原因を自分の外に見いだしてるから良くない。人のせい、環境のせいにしてる。全ての原因は自分にあるって考えるべきだし、実際、変われないのは意志が弱くてすぐに諦めちゃうダメな自分がいるせいなんだから。」

 

 

少し前の僕がまさにこれでした。僕以外にもきっと多いはずで、真面目で素直な人がこうなっちゃう傾向が強いかなと感じる。

 

 

まあ確かに「他人や環境のせいにせず、自分に目を向ける」という点ではOKだし、素晴らしいなって感じるんだけど、

 

 

でも、「自分に目を向けて原因を自分に見出す」をやった結果、「自分はダメなやつだ、、、」と自分を攻撃してしまうことは余計。そんなのはいらない。マジで必要ない。

 

 

必要ないのに、真面目な人はわざわざ自分を攻撃してしまう。反省とか自分を戒めることは良いことだと勘違いして、「自分はダメな奴、変われない自分は価値なし」と自らセルフイメージを下げる行為をしてしまう。で、「また今回もダメだった、、、きっと次もどうせダメだな」と自分を狭い檻に閉じ込めて、一切身動きがとれなくなってしまう。

 

 

こんな風に、「他人のせい、環境のせいにする」ことは絶対に駄目なこと、人として恥ずかしいこと、そんなことするのはゲス野郎のすること。と、自己洗脳をかけ、「他人のせい、環境のせいにする」ことに強烈な恐怖を感じるようになってしまった人は、

 

 

いっその事、全部を自分以外のせいにしてしまって、肉体的にも精神的にも軽くなった状態で、「自分が望む新たな環境」に飛び込めばいいんです。

 

真面目な君のことだから、それが「逃げ」だと感じてしまうかもしれないけど、それで大丈夫。「逃げ」だろうと何だろうといいから、とにかく「自分が望む新たな環境」に行きたいと望んでいいんです。で、行っちゃえばいいんです。

 

それで、逃げた先で素敵なものにたくさん出逢って、触れて、変われればさ、それでOKなんよ。終わり良ければ全て良しなんだからさ。

 

あ、あと、誠実で優しい君が、一時だけ全てを他人と環境のせいにして逃げ出したって、そんなことくらいじゃ君の優しさとか誠実さは全く消えないし濁りもしないです。だから安心すればいい。

 

 

今日の景色たちが感じさせてくれたことでした。

 

 

 

Fake it until you make it.

(今この瞬間から)

 

 

 


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今、言いたいことを言う!身の丈に合ってなかろうが関係ないぜ、ガッハハハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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金子 裕亮
金子 裕亮
批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。