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金子 裕亮

金子 裕亮

批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。

ぶっちゃけ、正直に言うと「パコリたいだけ」で、恋愛とかは面倒くさい。こういう人は多いはず。もちろん僕にも不定期にそういう時期が訪れることがある。そして、今がその時期のど真ん中だったりする。

 

「パコリたいだけ」って聞くと、嫌らしい、はしたない、汚らわしいなどの軽蔑的な感情になる人が多い気がするし、中には怒りがこみ上げてきて「許せないっ」となる人も中にはいるだろう。

 

自分がその時期ど真ん中なのに、こんなことを言うと自分を擁護してるみたいで嫌なんだけど、僕は「パコリたいだけ」ってのは、それはそれで「純度の高い純粋さ」を感じるから嫌な気はしない。むしろ、それを隠していないなら、潔くて良いなと思う。何をそんなに問題視しているのだろう?

 

ただ、この「パコリたいだけ」って気持ちにさせている原因がアレだとしたら僕も問題だと思う。

 

 


「好き」を忘れた寂しいゾンビが彷徨う


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とにかくSEX自体が大好きで、快楽を味わいたいだけなら問題は無いけど、パコリたいだけってなる原因が、「人を好きになるってことがわからなくなってしまった」だったら、問題である。

 

まあ、実はこれを問題にすることが問題であって、何か大切なことに気付く為に、自分から人を好きになることがわからない状態にしているわけだから、決して悪いことではないんだけど、

 

けど、その渦中にいる人は凄く辛い。僕自身がそうだったからわかるんだけど、もうとにかくそんな自分が嫌でしかたがなくなる。心の無い冷たいロボットになったみたいでさ。

 

話を元に戻します。

 

人を好きになることを忘れ去ってしまい、ただ「パコリたいだけ」になっちゃってる状態って、どんなイメージかって言うと、僕のイメージだけど、「好きになる」って感情を忘れてしまった寂しいゾンビが、快楽という刺激を求めて彷徨っている、「好き」って気持ちを感じたくて。

 

こんな感じ。

 

ゾンビの苦悩は、実際に味わったことがある人しかわからない、、、

 

 


『箱入り息子の恋』が超好き


 

何か問題を抱えた時に、そこから抜け出す鍵って、結局は自分の中にしかないし、自分が本当の意味で気付かなければ、誰に何を言われたって、問題からは抜け出せない。

 

けれど、その「自分で気付く」を引き起こすトリガーは、何になるかわからない。言い方を替えると、何だってトリガーになりえるということ。読者でもいい、漫画でもいい、遊びでもいいし、会話でもいい。何だっていい。で、今回僕がオススメしたいのが、「映画」。映画は間違いなくトリガーになると思ってるし、役者として信じたい。映画は映画でも今回僕が大好きになった映画があって、それを紹介したいんだけど、その映画が

 

『箱入り息子の恋』

 

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【 ストーリー 】

 

市役所に勤める天雫健太郎(星野源)は、彼女いない歴=年齢の独身男。内気で愛想がなく、自宅と職場をただ行き来する日々を送っている。唯一の友だちはペットのカエルだけ。

見かねた健太郎の父・寿男(平泉成)と母・フミ(森山良子)は、親同士が婚活する “代理見合い” に参加。

そこで知り合った裕福そうな今井晃(大杉漣)とその妻・玲子(黒木瞳)のひとり娘、奈穂子(夏帆)と正式にお見合いチャンスを掴んでくる。実は奈穂子は、8歳のとき視力が落ちていく病気にかかり、いまではまったく目が見えていなかった。

そんなことは知らずに一人息子の初めてのお見合いに舞い上がる天雫家と、健太郎を全く気に入ってない今井家の波乱含みのお見合いは幕をあけるが・・・・。

はじめて恋に落ちた健太郎は、「好き」という感情を一気に爆発させていく。真剣だからこそぶざまで、滑稽だからこそ心に刺さる “35歳の童貞男” が突っ走る、たった一度の恋の行方は果たして-。

 

出典 : 映画『箱入り息子の恋』公式サイト

 

 

僕は映画は大好きでよく観るんだけど、恋愛系の映画はほとんど観ない。本当はキュンキュンしたいから、恋愛系映画も観たいんだけど、最近の日本の恋愛系映画って、イケメンと美女がでてるだけで芝居も物足りないからキュンとこないし、綺麗にまとまり過ぎてるのがほとんどだから、あまり観る気がしない。共感ができない感じ。

 

そうなんだけど、なぜか今回はこの映画をレンタルショップでチョイスしてしまった。けれど、それが大当たりだった。

 

 


天雫健太郎の純朴さが愛おしい


 

星野源さん演じる天雫健太郎。彼は、友達はゼロ。生まれてから35歳の現在まで一度も彼女ができたことがない。自分に自信が無いから野心もないし、「僕が女性に好かれるなんて絶対にあり得ない」と決めつけている、そんな男。けれど、そんな男が一人の女性と知り合い触れ合っていくうちに、自分の中の「好き」という気持ちに気づき、戸惑いながらも自分の気持ちに正直になっていく。

 

「人」と触れ合うことで「自分」に気づき、その「自分」を受け容れて、どんどん「自分」に正直になっていく。「人」を好きになって、「人」から愛されていることを実感し、「自分」を愛しはじめる。そして「自分」を超えていく。

 

その変化、その生き様に、すごく共感できたし、たまらなく愛おしくなった。「がんばれ、がんばれ、そこで諦めるな、行け!」って、画面観ながら応援しちゃってたもん。あと、

 

「愛ってすげ~な~」っていう普段はちょっと恥ずかしくて口にするのをためらうような言葉も、この映画を観たあとなら自然と言えてしまう。

 

俺も彼女、ほしいな~

 

 


奈穂子さん、可愛すぎっ。これは好きになっちゃうよ~


 

夏帆さん演じる奈穂子さんが、マジで可愛すぎる。可愛いってのは顔とかの見た目じゃないよ。そうじゃなくて、健気さというか、純粋さというか、とにかく全てが可愛くって、「ずっと側にいてあげたい」とか、「守ってあげたい」って心の底から思わせてくれる。あ、側にいて「あげたい」とか守って「あげたい」は偉そうというか、男のエゴみたいなものですね。けど今回ばかりはご勘弁を。「~してあげたい」と思ってしまうくらいの愛おしさだってことを言いたかったので。

 

これは僕だけ、いや、多くの男性がそうだと思うんだけど、ちょっと頼りなさそうで心配でしかたなくて「守ってあげなきゃ」と感じる女性って一気に好きになってしまいますよね。逆に何でもできそうで「完璧っ」って感じる女性だと「あ、俺は必要ないというか、いなくてもいいな」と感じてしまうから、どんなに美人でも好みの顔でも好きにはならない。

 

まあ、とにかくこの映画観て、夏帆さん演じる奈穗子の可愛さを感じてほしい。とにかく可愛くて愛おしくなるから。これはネタバレになるから詳しくは書かないけど、吉野家のシーンは必見です!

 

 


透明感抜群の2人の愛に心がほっこりする


 

「パコリたいだけ」もいいけどこの機会にさ、中学生の頃、ドキドキして指を震わせながら書いたラブレターを、自分で渡すのは恥かしいからと友達に渡してもらってた、あの時のような、何の混じり気もない純度100%の恋愛の感覚を思い出して、心をほっこりさせてみてはどうでしょう。

 

あの人のことを思うと何もかも手につかなくなる、みたいな熱量の高い恋愛が、この映画には真っ直ぐに描かれています。その物語をみせてくれる星野源さんと夏帆さんの2人も、とっても素敵です。

 

キュンキュンすること間違いなしの作品です。

 

 


人を「好き」になるって、そう、こういうこと


 

この映画は、人を「好き」になるって感覚をいつの間にか忘れ去ってしまった人が、その感覚を思い出すきっかけになると思う。

 

「好き」を忘れたゾンビが、「好き」を忘れ去ってしまった原因は様々だと思う。過去に恋愛で深く傷ついて、それがトラウマのようになってしまってるのかもしれないし、そんなんじゃなくてもっと別の原因があるのかもしれない。

 

何にでもあてはまるんだけど、今、自分が原因だと認識してるものって実はそれは表面的なものであって、根本には「人に嫌われたくない」という思いがある。嫌われたくないし、嫌われたら自分が傷つくから、それが怖くて、自分の身を守る為に自分の本音を押し殺して、周りに合わせて生きていく。

 

恋愛でいえば、誰かを本気で好きになって想いを込めれば込めるほど、それが実らなかった時には自分が深く傷つくことになるから怖いし(本当はそれは勘違い)、人を愛せば愛すほどに自分はどんどん無防備になり敏感になっていくから、何でもないことなのに「嫌われてしまった」と感じて落ち込んでしまったりする。(これも実は勘違いなのだけど)。

 

こういった恐怖から自分の身を守る術として、「本音を押し殺す」「好きという気持ちを忘れ去る」というものを身に付けていくんです。

 

天雫健太郎もこの道をたどった一人。そんな彼の氷を奈穗子という存在が溶かしていくんです。

 

この2人の物語が、「好き」を忘れてしまったゾンビの氷を溶かすきっかけになり得ると僕は感じているわけです。

 

 

ぜひ、ご覧ください。

 

 

 

Fake it until you make it.

(今この瞬間から)

この記事を書いた人

金子 裕亮
金子 裕亮
批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。