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金子 裕亮

金子 裕亮

批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。

あれは良いとか、これは悪いとか。「俺のこの考えは合ってるんだろうか?」 「私ってやっぱり間違ってるのかな?」 とか。そんなの、もうどうでもいいんじゃないかと思う。



「良いか悪いか」 「正解か不正解か」 「立派か立派じゃないか」 そんなことは気にしなくていいし、自分らしく生きたいと望むのなら完全にいらないもの。ましてや、他人に決められるものであってたまるかと思う。



自分で決めればいい、自分だけの感覚を見つければいい。そして、判断の基準は 「正解か不正解か」 ではない。だってそんなものは無いから。正解か不正解かとかではなくて、好きか嫌いか、やりたくなるかやりたくないかで判断すればいい。



とは言っても、自分の「好き」とか「嫌い」がわからない人が多い。僕もわからなくなることが多い。なんでわからなくなってしまったのかといえば、それは自分に嘘をつき続けてきたから。


誰だって昔は自分の中の好きと嫌いがはっきりしていたはずなんだけど、生きてきた過程で自分の本音よりも「他人にどう思われるか」とか「一般的に考えて正解か不正解か」ばかりを優先して大事にしてきたから、言い方を変えれば自分の本音を無碍にあつかってきたから、いつの間にか自分の心の声が聴こえなくなってしまったのだ。


自分らしく生きていく為の道標となる自分の本音よりも、他のことを優先してしまってきた根本的な原因は、「嫌われたくないから」があるのだが、その話はまた別の機会にする。



話しを元に戻すが、自分の本音がわからなくなってしまった人は、今の自分のありのままの全てを受け容れることから始めていけば良くて、それが自分を思い出していくことになるのだが、これが中々うまくいかなかったりする。


そんな時に変わるきっかけを与えてくれるのが、他人の声。「他人の目をきにするな」的なことを言っといて矛盾するようだが、他人の感性に触れることが自分を思い出すきっかけになることがよくある。憧れている人ならなおさらだ。



前置きが長くなってしまったが、僕の大好きな人の答えが素晴らしいと感じたので、それをここに記していく。



坂本龍馬、勝海舟歴任の男



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僕、大好きなんです。

武田鉄矢さんが。

金八先生とか名曲 「贈る言葉」 で有名ですが、

 


面白いですよね~



俳優としての武田鉄矢さんも素敵ですが、

( 『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』 は素晴らしい )



今ではバラエティー番組への出演が多くて

そこでの武田鉄矢さんがとても面白いし、好きだ。



イチイチ説教くさいとか言われるけど

僕はその説教臭い感じが心地いいし、

何より話す内容が直球かつ的を得ている。


そんな武田鉄矢さんが

だいぶ前になるが、とある深夜番組にゲスト出演していて

そこでMCからこんな質問をされていた。



~~~~~

○ 悪いアナウンサー

○ 普通のアナウンサー

○ 良いアナウンサー


とは、どんな人だと思いますか?

~~~~~



その質問に武田鉄矢さんは

サラッと答えていたのだが、


その答えに僕は共感した。



武田さんの答えはこう。




=====

○ 悪いアナウンサー

→ 自分の正しい考えを持っている。

○ 良いアナウンサー

→ 良い考え方、悪い考え方という考えを持っていない。

=====



なるほど、確かに!と感じた。







価値観はお月様のようにまん丸



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価値観というものは360度 

色んな角度からみることができるから、

自分の考えと違うから不正解なんてことはありえない。



好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと言い

自分らしく生きていけばいいのだが、

ただ、自分の価値観にないものに遭遇した時に

闇雲につっぱねていては、それは退屈でつまらない。


そんな時は、それをそのまま受け容れればいい。

アクセルも踏まず、ブレーキも踏まずって感じ。


目の前のもののありのままを見て、ありのままを受け容れて

学びに変えていくことができれば

人生はいくらでも豊かにすることができる。





好きか嫌いか、やりたくなるかやりたくないか、それだけでいい。だって自分はいつだって素晴らしいのだから。




僕は武田鉄矢さんの考え方に触れ

朧気にみえていた自分なりの考え方がまとまりはじめた。

後押しをしてもらった感じ。



こういうことは本当によくある。


誰かの考え方、価値観や世界観に触れ

かつてない刺激を受けることが、

自分への嘘でできた埋立て地の地中最深部に眠る

本音という自分らしく生きる為の秘訣を掘り起こすトリガーとなるのだ。



それによって掘り起こされた自分の本音を大切に扱い、

何よりも優先すればいい。

そこに良いも悪いも、正解も不正解も、立派も立派じゃないもない。

好きか嫌いか、やりたくなるかやりたくないか、それだけあればいい。





ただ、その本音は

「え!?これが俺の本音なの」

「こんなの絶対にありえない、できない」

というものかもしれない。


今の自分にとっては、真っ先に選択肢から外したくなるものだったりする。


けど、それを受け容れ恐れずに飛び込めばいい。



だって、今まで散々自分に嘘をつき続けて

自分らしさを押し殺して生きてきた人にとって、

「自分らしさ」を思い出すための全てが

「それだけはあり得ない」と感じるものであることは当然なんだから。



自分の本音を無碍にせず大切に扱うということは、即ち

「自分には素晴らしい価値がある」ということを思い出し、認めるということ。

僕はそう思う。


Fake it until you make it.

(今この瞬間から)

 


 




 

 

 

 

 


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金子 裕亮
金子 裕亮
批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。