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金子 裕亮

金子 裕亮

批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。

夕飯を食べていたら、フッとある言葉が頭に浮かんできた。

ちょうど同じタイミングで、友人(真っ直ぐで、熱量のとても高い人)からメールが届いたので、そのメールを読んでいたら、どうしてかはわからないが、フッと浮かんできた言葉が頭の中を占領し始めた。そしたら、そのフッと浮かんだ言葉の真意みたいなものを感じて、それが色んなことと頭の中でリンクしだして、ちょっと痺れた自分がいた。


「 あ、あれはこういうことだったのか 」

「 と、いうことはつまり、、、こうすればいいのかっ 」


この一連の流れが頭のなかで起きた時に、痺れるのはきっと僕だけではないはずだと思う。

 

で、そのフッと浮かんできた言葉が何かというと



『 可愛い子には旅をさせよ 』

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この言葉である。


これは一つの考え方であって、その通りだと思う人もいれば、そうは思わない人もいると思う。そして、その通りだと思う人の中にも様々な捉え方があるだろう。ちなみに、意味を調べてみると、

我が子が可愛いなら、親の元に置いて甘やかすことをせず、世の中の辛さや苦しみを経験させたほうがよいということ。


と、なっている。


「 可愛い子には旅をさせよ 」 という言葉を聴いて、多くの人が思い浮かべるこの言葉の意味はこれだと思うし、僕も同じように浮かべていた。確かにそうだよね。と感じる。


で、夕飯を食べていた僕が感じた真意みたいなものなのだが、特に真新しい斬新なものでもないし、上記の意味に含まれていることでもある気がする。ただ、僕は一人で痺れていたわけで、それはというと、



親(自分)の価値観や世界観とは異なる価値観 ・ 世界観を持つ人間につなげよ



平たく言えば、色んな人間に逢わせて、色んな考え方に触れて色んな刺激を与えさせた方がいいよ。ということ。さらに言えば、何か一つコレだっ!と自分が信じる価値観や世界観がある人間(子供)の場合は、その価値観や世界観を洗練している、自分(親)よりも高いフェーズにいる人間にどんどん関わらせた方がいいよ。ということ。

 

僕は独身だし、子供を授かって親になって我が子を育てるなんて経験は勿論ないので、わかったようなことは言えないし、言いたくもないし、もしかしたら全然違うのかもしれないけど


親は、初めて授かった子供の場合は特にだと思うのだが、「 全てを自分で何とかしなきゃ 」 と気合いを入れて、がんばりすぎてしまう気がする。愛おしくて愛おしくてしかたがなくて、全ての面で愛情を注ぎこみまくっていく。それって何だか心がほっこりするし、僕も我が子にはそうしてしまうだろうと予測している。というか絶対そうなる。


ただ、それが必要以上に強く強くなってしまうこともあって、誤解を恐れずに言うのであれば、我が子の全てを自分色に染めようとしてしまうというか、更に言葉を選ばなければ、囲い込もうとしてしまう。

それが良い悪いとか、正解不正解とかではなくて、その様な囲い込みの状況になってしまうと、子供の価値観や世界観のスケール親のそれと同等か一回り小さいものに留まってしまう。


本当は、子供はまっさらな状態で無限大の可能性があるはずなのに、それを我が子を愛しすぎるが為に親自身が、子供の可能性を狭めてしまう。


それは非常に勿体無いというか、、、う~~ん、しっくりくる表現が出てこないのだが、ただ一つ言えるとしたら、

我が子を自分(親)のコピーのようにしたいのなら、それでも良いと感じるが、そうではなく、

我が子には、好きなものを好きと言えて、嫌いなものには嫌いと言えて、自分の信じるものをとことん追求していけるような、そんな人間になって欲しいのなら、自分(親)とは違った価値観や世界観のもとへ旅をさせた方が良いのではないかと思う。


 
と、書いてきたが、もしかしたら僕はあったリ前のことを言っていて、「 そんなことはずっと前から思ってるわっ 」 という人がほとんどなのかもしれない。


ただ、今回の話はこれで終わりではなく、この真意みたいなものが、あの時のあれだよな~。と気付き、

あ、っていうことはこの場合はこうすればいいんだ!と繋がって痺れたという話なんです。



で、あの時のあれだよな~というのはこのこと。



MLMの直アップスルー作戦



これ、どういうことかというと、MLMの経験者の方はわかると思うのですが、

あ、その前にMLMがわからない方は、自分で調べてくださいね。ネットワークビジネスと呼ばれたりします。

 

『 直アップスルー作戦 』


というのは、僕が数年前に関わらせて頂いていた時に教えてもらい、実際に実践していた作戦なのですが、簡単に言うと自分のグループは自分では極力指導しないということです。理由はいくつかありますが、一つは自分の影響力が届きにくいから。もう一つは、先ほどの「 可愛い子には旅をさせよ 」 通ずるのですが、自分よりもその価値観や世界観を洗練させている人、つまりは自分よりも高いフェーズにいる人に指導してもらった方が、アドバイスが刺さりやすいし、本人が素直になれるからなんです。


MLMの事を説明したいわけではないのですが、説明した方が伝えやすいので続けますね。


けど、それがなかなかできないんです。

自分が必死になって、知り合いに魅力を伝える。それが相手に伝わって、共にビジネスをスタートする。つまり、自分のグループの一員にその人がなってくれたわけです。そうすると、とにかく嬉しいんです。スタートしてすぐに結果が出る人も中にはいますが、たいていの場合は断られまくって、否定されまくるところからスタートします。伝えても伝えても断られる。仲の良かった友人ほど否定してきたりします。


だから辛いと感じる人が多い。そんな時にやっと一人自分のグループの一員になってくれた。もう感激です。初めての我が子が誕生したくらいの勢いだったりします。すると、愛おしいんですよね、初めての我が子だから。もう、あれもこれもこれもあれも全~部自分で指導してあげたくなっちゃうんです。で、一生懸命喋り、喋り、喋りまくる。本人は達成感で一杯です。ふぅ~、仕事したな~。みたいな。


けど、これやっちゃうと終わります。いつの間にかにグループの一員になってくれた人はいなくなります。


なんでこうなるかというと、様々なケースがあるので例外はありますが、多くの場合は、めんどくさくなるからです。初めは語り手の熱意を感じたり、夢が膨らみワクワクするから、仲間になってくれます。けど、直アップ(最も身近な存在)が語れば語るほど、言い方を変えれば、囲えば囲うほどその人の頭の中に広がっていた夢はスケールダウンしていきます。そして、最終的には何にもワクワクしてない状態で、小難しい話をされ続け、それに疲れて離脱。という流れになります。


これどんな感じかというと、こんな感じです。



蚤(のみ)のジャンプの話



この話は知っていますか?

「 限界を勝手に自分でつくるな 」 みたいな話をするときに、よく出てくるんですが、


蚤(のみ)って驚異的なジャンプ力があって、1mm ~ 4mm の体調で垂直に20cm(体長の50倍)もジャンプができるんです。ものすごい跳躍力ですよね。


で、その蚤を高さ10cmの高さの箱に入れてフタをします。すると箱の中で蚤はジャンプし続けるのですが、毎回毎回、箱のフタに激突、激突、激突するんです。で、しばらく放置してから、蚤たちを箱の外にだすんです。するとどうなるかというと、蚤はもう10cmしかジャンプできなくなる、というかジャンプしなくなるんです。本当は20cmもジャンプできるのに、、、。

 

で、これがMLMでグループから離脱していった人にも起きるわけです。

はじめは頭の中に夢がいっぱいに広がり、あれも叶うこれも叶う!何だってできちゃうんだっ、という状態だったのに、そこへ、まだまだ未熟(人間的にとかではなく、世界観のスケールが小さいということ)な人間が来て囲い込まれる。フタをされるってイメージですね。そして、小さなスケールの世界観をくる日もくる日も浴びせられる。

そりゃあ、その人が当初描いていたものは、広がっていけるスペースを失い、どんどんどんどんスケールダウンしてしまいますよね。当然。



だから、それを防ぐために直アップスルー作戦を実行し、自分よりも価値観 ・ 世界観共に洗練された人に指導してもらう。頭のなかに描いていたもののスケールを2倍、3倍にしてもらうんです。

( 勿論、最終的には自立する必要があるので頼りっきりでは良くないけれど、初めのうち(まだまだ未熟なとき)はそれをやりたくてもできないし、相手のことを考えればこその選択である。)


特にナイスな人(熱量が半端ない、超やる気のある人や理解度がかなり高い人)の場合は、直アップスルー作戦が必須となる。



これが、「 可愛い子には旅をさせよ 」 の真意みたいなものとLINKして痺れたというわけ。


で、LINKして終わりでは意味がなくて、これをどう活かすかの話なんだけど、



我が子を想えばこそ、親は自分の限界を認める


ダウンロード


愛するからこそ、介入しすぎない。ただ信じて見守る。で、その人(我が子)が何か信じて突き進みたいと強く想えるものをみつけたら、それをサポートしてあげる。それで十分だと思う。


何かを掴むまでは、進んで旅をさせる。つまり、様々な価値観や世界観を持つ人に出逢い、多くの刺激を得られるようにしてあげる。愛するからこそ、囲いこもうとはせず、繋いであげればいい。その繋ぐ先にはその道の先人がいるのかもしれないし、洗練された場(環境)があるのかもしれないし、様々だろう。
そもそも、我が子だって一人の人間。親の所有物ではないし、無限大の可能性を秘めた一人の人間を自分だけで育てようなんて、元から不可能な話。自分のところに留めておくべきではない気がしている。



そして、この考え方は、何にでも応用できる。

 

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例えば、あなたは学校の先生。

自分のクラスに、もの凄く素敵な生徒がいる。自分のクラスの生徒は、そりゃあもう可愛くてしょうがない。その子にとっても自分自身が特別な存在で在り続けたい。

けれど、その子の事を考えると自分よりも、隣のクラスの先生の方がその子の感性を刺激できて、秘めた可能性を開花させるきっかけを与えてやれるんじゃないかと感じている。

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そう感じれているなら、その通りにしてあげればいい。それはあなたにしかできない素敵な役目だと思う。

 



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例えば、あなたは演劇スクールの講師

教え子にダイヤの原石がいる。けれど、まだまだ原石。けど磨けば必ず光る。そしてやる気に満ち溢れた素直な子。

自分が指導したい。もっともっと自分が教えてやりたい。自分が、自分が、自分が。

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もしかして、あなたが蚤の話でいうフタになりかけていませんか。そして、どんなにやる気のある人間も長いこと、そこに停滞させられていたら、疲れてやる気がさがっちゃう。だって、今のあなたでは先はみせてやれないから。

そう心のどこかできづいているなら、なおさら、急いだほうがいい。伝えることは伝えて、早くより洗練された人や場(環境)に繋ぐ。その方がきっと良くなる。


うん、やっっぱり、そう思う。



Fake it until you make it.

( 今この瞬間から。)

 

 

 

 

この記事を書いた人

金子 裕亮
金子 裕亮
批判されないように。叩かれないように。嫌われないように。ただそれだけを考えて生きてきた時間があった。そんな時間は、いつも、窮屈で、不毛で、ただただつまらなかった。前(さき)には繋がっていなかった。けれど過去は持ちだして今の自分を傷つける為のものじゃない。そんな自分でも愛されていて今がある。ということを知る為にある。そんな気がしている。