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緒川 奈央

なんで??が大好物の、頭でっかちへりくつ人間です。そこで競ったら、2歳児にも負けない。 彼らの神聖なる感性からは出てこない、世俗にまみれた大人が納得できる答えを、日々、模索中。そして仮説を立てて実験中です。

がんばってやってる割には伸びてこないな、もったいないなーって思う子には共通点がありました。

それが、大人になって“がんばってるのに・・・”って思う自分のやってることと
余りにも似すぎていることに気づいて失笑したので挙げてみます。

わかれば直せますからね。
あ、またやってる、って気づけば違うことができますから。
だから、落ち込むことないよ。ね。
(と、散々落ち込んだ後の自分の言い聞かせてみます。)


途中式を書かない



数学の計算を見るとよくわかるんですが
計算の途中式を書かない。

頭の中で暗算をしようとする。

頭の中だけで考えて
考えている過程を、アウトプットしないんです。

デメリットとしては
頭の中が重くなります。負担が大きくなります。
自分で考えているうちに混乱したり
後から見たときに、どう考えたかわからなくなります。

ノートは、頭の中身だよ。

と、いつも言っていました。
ノートに書くことで、ノートに代わりに覚えておいてもらう。

自分の頭で覚えていなくてもいいんです。
書いてあるから。
それだけで負担が減ります。

ノートに書きながら手を動かしていけば
いちいち自分の頭の中で数字を覚えて動かさなくても
手で計算ができます。

頭を動かす代わりに手を動かす。
そうすることで、頭が軽くなります。
手ができることは手にしてもらう。
頭にしかできないことだけを、頭でやる。
そして、ノートにどう考えたかという履歴が残ると
他の人が見ても、書いた人の頭の中身
思考の道筋が見えます。

他の人もだけど、未来の自分も、過去の自分が何をどう考えたかを見ることができます

答えが間違っていたときに「これ、どうしてこうなった?」って聞くと
「あれ?う~ん、わかんない」ってなることがよくあります。

その瞬間に考えていたことなんて
次の瞬間には消えていきます

だから、自分でもどうして間違ったのかがよくわからなくなります。
正しい答えが出たとしても、どういう道筋でそこに辿り着いたのかがわからなくなります。

考える過程がわかれば、答えは合っていても勘違いしてしまっていた部分がわかったり
もっとラクな考え方を見つけることができたりもします。

だから、書いておくって大事なこと。
せっかくだから、消したくないので
ノートを贅沢に使うことも大切。

※もったいないからって、ノートにぎっちぎちに詰めて書く子が本当に多かったです。
書き直せないし、見間違えるから、ノートに余白ってすごく大切です。

でもね、みんなどこかで、「お母さんにお金使わせてる」って気にしてるみたいで。
お母さんたちは、あなたたちががんばってることに多少お金がかかったって文句なんか言わないから。
がんばってるんならノートくらい買って応援してあげたいって絶対思ってるから、もっと贅沢に
スペース開けて、見やすく使って、って説得するの、結構、大変でした。
大人になってから思うのは、うだうだ頭の中で考えてることや悩んでいること
全部、外に出せばいいんだなってこと。

出そうとすると、もやもやした悩みを、形のある問題に変える必要がある。
もやもやした形のないものを、形にして見えるようにするだけで
すっきりする部分はすごく多いと思います。
客観視しないとできないことだから。

悩みが問題に変わるだけで、解決する糸口はすごく見えやすくなると思います。
だから、好きで悩んでいるのではなくて、もし本当に解決したいなら
頭の中でこねくり回すだけじゃなくて、書くでも話すでも、アウトプットすることをおススメします。


できた!覚えた!からの、あともうちょっと。



新しい公式、暗記項目
覚えるのに反復が必要なときがあります。

伸びる子と伸びない子は
「できた!」「よし、もう覚えた!」の先に、ちょっとした違いがありました。

できた、覚えた、っていう状態が100%だとすると
人間だから、時間と共に忘れていく訳です。

エビングハウスという心理学者の忘却曲線というのを見たことがある方もいらっしゃるかもしれませんが
20分後には42%忘れ、1時間後には56%、次の日には74%忘れます。

でも、忘れてもいいんです。
覚えておくことが大事なんじゃなくて
如何に当たり前のように、すぐ“思い出せる”状態を作るかが大事なんです。
だから、何度も反復するんです。
時間を置いて何度も。
1+1=2、くらいに当たり前になるところまで。

伸びる子は、真面目な性格だからなのか先生に従順だからなのか繰り返したら身になることがわかっているからなのかはわかりませんが
何度、同じことを聞いても、“思い出す”という作業を、億劫がらずにやります。

伸びない子は、できたって思ったら、次に聞いても「えぇ~、またぁ??」って面倒がります。
面倒がられても聞くけど。

でも、できたって思ってからのあと一回、解けるって思ってからのあと1問
今日はやった、って思ってからのあと10分が、後々、ものすごい差になる。たった、一回、1問、10分でも。

大人になっても、これでいい、これでできたって思ってからのもう少しの行動が、どれだけ結果の差になるか、思い知ることは多々あります。

これでいい、これで完璧と思ってからの、あと1%。これを続けられるかどうかってものすごく大きいです。


できないからって凹み過ぎ。



問題ができないからって、いちいち凹まなくてもいいんです。
目の前の問題を解く。
これが今の自分に解けるかどうかやってみて
解けるものはきっといつでも解けるから、安心して置いておく。
できなかったら、それができるようにする。

ただそれだけ。

なんですよ。本当は。

ただ、私にも栄光の学年ビリの時代があったので、
わかんない・・・っていう、もはや笑うしかない情けなさとか
目の前の壁が高すぎて登る気も起きないっていう絶望感はわかるつもり。

受験勉強は特に、頂上のある山です。
思ったほど、やるべき範囲が広い訳じゃない。

大学に入った後や社会に出た後は
頂上だと思った場所が、全然、頂上じゃない。
登ったと思ったら、まだまだ先がある。どこまでもある。
それ以前に、登る山すら自分で見つけないといけない訳です。

だからね、勉強は、やりやすいんですよ。本当は。
例え今、20点でも
うわ~、バカじゃんとかって思わなくてもよくて
おぉ、2合目かと。
先は長いけど、残りの高さが見えたねと。

間違ったということは越えるべきものがはっきりしたってことで
それってとてもいいことなんです。

越えるべきものが見えないうちは、越えようがないから。
だから、安心して間違えばいいし
間違ったものは、ただただできるようになればいい。

目の前の問題をできるもの、できないものに振り分けて
できなかったものをできるようにしていく。

そうするとね、どんどん登っていける訳です。
20点っていうのは、自分につけられた点数ではなくて
自分の現在位置ってだけです。
大人になって、教科書すらない世界で
できないところばかりが目について、凹んでたりもしたけど

結局、同じなのかもなって。
いちいち凹むことないんだよ。
現在位置を知った。できないことを見つけた。
それは、できるようになる可能性の高いことを見つけた。ってことなんだなって。

せっかくがんばってるんだから
大人も子どもも、好きなところまで伸びましょうねー。

この記事を書いた人

緒川 奈央
なんで??が大好物の、頭でっかちへりくつ人間です。そこで競ったら、2歳児にも負けない。 彼らの神聖なる感性からは出てこない、世俗にまみれた大人が納得できる答えを、日々、模索中。そして仮説を立てて実験中です。