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中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。 オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!

 

僕たちがネパールに入った10月の初旬は、ダサインフェスティバルというネパールのお盆みたいな行事があって、カトマンズの街もその準備で人々がなんだか浮き足立った感じだった。

その期間はみんな長期の休日をとって地方に里帰りするらしく、店も閉まって街も閑散とするらしいので、物資調達も慌ただしく行うことになった。

カトマンズでも一番の繁華街となっているタメル地区には登山用品店が多く店を出していて、トレッカーや登山客はそこで燃料などの調達を行う。定価などは無く、全て値段交渉しなければならない。

 


ネパールの女の子の美しさに驚く


ネパール人は大多数がヒンドゥである。

観光がてらにネパール王宮の方へ人ごみを分けながら歩いていくと、街角の要所にはリンガーという男根をかたどった石のモニュメントがあり、そこには生け贄のヤギや供物、花などが供えられ、血と汗とお香、そして食べ物や下水の匂いが混じり合っていて、頭がクラクラしてくる。

 

カトマンズの街イメージ

 

ネパール王宮が近くなってくるとツーリストも多くなり、ツーリスト目当ての観光サドゥー(苦行者)の姿が目立つようになってきた。

カトマンズは、すれ違う若い女の子にハッとするような美形の子がとても多い。インド系なのだろうか。それに反して大人の女性は肌が荒れていて貧相な場合が多い。

世界の最貧国の1つに挙げられるネパールでは、生活の水準は決して良いとは言えず、女性の劣化も速いのかもしれない。

 


働く子どもたちの目は生き生きと輝いている


ネパール王宮の方を一通り回った後は、お決まりの知り合いの画廊でビールとモモだ。

ネパールでは学校へ行かずに働いている子供がとても多い。
だが、みんな生き生きとしていて、目もキラキラと輝いている。

近くの店からビールとモモを運んできてくれるのも小学生低学年位のかわいい女の子だったが、とてもしっかりしていて、大人への対応も手慣れた感じで、お金の徴収や冗談の受け答えなどもしっかりとしていてとても感心した。

 

みんな生きることに必死なのだ。

 

夜は、画廊の主人に誘われて、現地のネパール人しか行かない酒場へ言った。

薄暗くて僕たち以外は客がいない感じだったが、そこでも基本はビールでいくつか料理が出たが、一番美味かったのが、カレー風味を付けた干し米のようなもので、それをボリボリ食べると香ばしくて飲み物に良く合った。

帰り際に厨房をちらっと覗いたら、そこの女主人と子供1人が地べたに座って何にも具が入っていないようなカレーの汁と米のみの質素な食事をとっているのが見えた。

 

カトマンズ王宮イメージカトマンズ ネパール王宮にて

 


いよいよカトマンズを離れポカラへ


次の日は、キャラバン開始地点との中継地となるポカラへ移動となる。

画廊の主人がタクシーを手配してくれた。カトマンズからは西へ200キロの旅だ。

次の日の朝、ホテルをチェックアウトして画廊の前に行くと1台のクルマが停まっていた。

日本車でたぶんマツダ製。
タクシーらしい色に塗装してあるがほこりにまみれボロボロだ。

運転手は小太りの気の良さそうなオヤジ。

トランクに荷物をぎちぎちに詰め込み、乗り込んでみると足下には穴が空いていて、道路が見えている。

先が思いやられるような予感を感じつつ、それでも何だかメンバー皆、明るい気持ちでカトマンズの街を後にした。

 

 

この記事を書いた人

中村 光信
中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。
オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!