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中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。 オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!

 

こんにちは、エクストリームオヤジの中村です。

若い頃は兎角、力を持て余すことが多い。

仕事をやっていても面白くないし、友達とつるんで遊んでいても何か違和感を感じ、自分の居場所はここではないような気持ちを常にどこかで感じている。

体の内側にはドロドロと熱いパワーが涌き出しているのに、どこへぶつければよいか分からないといったことはないだろうか。

 

酒や女や、その辺のくだらない遊びにはけ口を求めるくらいなら、是非、登山をやってみることをお勧めする。

それも1人で登る、いわゆる「単独行」だ。

 

誰の助けも借りずにたった1人で山を登るのだ。最初から立派な登山用具はいらない。
スニーカーを履いて、普段使っているデイパックにホームセンターで買った安いビニールカッパとおにぎりと水筒を放り込んで、とにかく近くの山を登ってみよう。

登山という行為はとてもシンプルで2本の足を交互に出して、とにかく登ればいい。そして、最終的にこれ以上登る道が無くなったら、それが山の頂上ということになる。
実際登ってみると分かるのだが、始めた頃は登るのがとても苦しい。登りながら、何で自分はこんなことをやっているのだろうと何度も思い返すことになる。

最初は頂上に到達できないかもしれない。でも、私の経験からすると、自分の力をダイレクトにぶつけることが出来、へとへとになるまで自分を追い込むことがとても気持ちが良く感じ、なおかつ、自分の行動に全て自分が責任を持つ充実感が他のスポーツとは全く違っていて、「生きている実感」のようなものをリアルに実感できるのだ。

危険かどうかの判断も自分がする。誰にも責任転嫁は出来ない。そうやって何度か登っているうちに段々自分のペースが掴めてきて、ある時、スッと楽になる瞬間が訪れるはずだ。

これがまさに山に受け入れられた瞬間だ。

少なくとも私はそう思っていて、その一線を超えた後の山での行動はとても楽になるし、周りの状況がはっきり掴めるようになる。

 

体調などによって、なかなかそのラインが訪れない場合もあるが、そんなときの行動はとてもキツいものとなる。私の場合は最終的にそのラインも消えてしまい、山に入れば自動的にモードが切り替わるようになった。

しばらくは日帰り登山だが、そのうち、山の中で何泊もする縦走登山をするようになるだろう。そうなってくると山の魅力が何倍にも膨れ上がる。
自分が背負うことが出来る荷物の大きさが、そのまま山で生きることが出来る時間と比例する。

そして、何日も山の懐深くに入り込んで、そこへ到達できた者のみが目にすることの出来る山の秘密を目の当たりにすることができるのだ。

登山の指南書などがいくつも出ていると思うが、いきなり単独行を勧める本は一つも無いと思う。安全登山が叫ばれている昨今では、そのような行為は無謀とされるだろう。

だが、何人かで連れ立って、高山植物やきれいな風景を眺めながら、のんびり登る山だけが山ではないと、私は思っている。自分の気持ちを叩き付けるようにたった1人で脇目も振らず、歯を食いしばって登る山も山だ。

 

この記事を書いた人

中村 光信
中村 光信
マウンテン&ウォーターマンでありグラフィックデザイナー。
オヤジと呼ばれる歳になっても今なお自然を舞台に実践し続けているエクストリームな遊びと、 デザイナーとしての腕一本だけを武器に、好きなことで稼いで自分らしく生きていく、自称「エクストリームオヤジ」として世の迷えるオヤジ達をそそのかすような発信とゴキゲンなライフスタイルを実現する可能性をExploring!