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野田 長世

野田 長世

1972年生まれ。元看護師。現在はフリーランスとしてサイト・メルマガアフィリに取り組み、指導実績あり。 ECCジュニア教室運営者・講師。 企業向けのコンサル・集客プロモーションも手がける。 「愛」をテーマに、教育・文化・行動心理学・マーケティングについて語る。

これは、私が新人看護師だったときの話です。

私は29歳で看護学校を卒業し

新卒で精神科単科病院の慢性期病棟に就職した。

看護師

病棟では、火曜日・木曜日が入浴日で

多くの患者様や職員はとても楽しみにしていた。

 

年配の介護士さんは

「今日はサンスケなのよ!」

と、頭にタオルでハチマキをして、

ビニールエプロンを付けながら張り切っていた。

 

「サンスケ」とは、

昔まだ家庭に浴室が一般的でなかった時代

銭湯で活躍した労働者である。

お金をもらってお客さんの洗髪をしたり、

体を洗う仕事のことだ。

そういう経緯から入浴の中介助の事を、

年配の介護士さんたちは

「サンスケ」

と呼んだのだ。

 

40年以上前の鉄筋コンクリートの建物の

精神科病院は設備も古く、

入浴介助は大変だったが楽しい仕事でもあった。

 

50代男性のSさんは統合失調症であった。

破瓜型で普段は人とかかわりをもたず

終日自室のベッドでゴロゴロして過ごしていた。

人とのコミュニケーションもあまり好まず、

話はできるが看護師や介護士が話しかけても

いつもつまらなそうに、仕方なしに

返答するだけで自発的な発語はなかった。

 

統合失調症の患者さんは、

風呂に入ることに対してハードルが高い。

入浴拒否する理由は様々だが、よく耳にする

「風呂に入れない理由」

をまとめてみた。

 

【訴えその①】 「お風呂に入ると溶けるんです。」

 

話を聞いた患者さんだけでなく

多くの統合失調症の患者さんは

「お風呂に入ると、

自分は溶けるのではないか。」

 

と、心配している。

 

統合失調症の患者さんは、

自分と外界との境界の一部もしくは全体が

わからなくなってしまう。

人の身体は入浴した程度で

溶けないと説明しても理解しない。

 

【訴えその②】 「風呂場に虫が居て、怖い」

 

統合調症の患者さんの中で、

陽性症状が強く幻視があったり

妄想構築が重度の場合、

「風呂場には虫が居るので、気持ち悪い」

と訴える。

【訴えその③】 「服が脱げない」

 

統合失調症では、知覚の変化があり

服が脱げなくなってしまう。

患者さんに聞くと、服の外側も皮膚感覚があり

 

「服と一体化してしまう」

 

のだそうだ。

 

無理に脱がそうとすると、

 

「血が出る!痛い!」

 

とパニックになってしまう。

 

このように、統合失調症の患者さんは

様々な病的体験から風呂に入れなくなってしまう。

 

Sさんも例外ではなく、

あまり入浴は好きなほうではなかった。

 

男子の入浴時間になっても、

部屋でゴロゴロしており、

病棟師長に促されると仕方なさそうに

着替えを持って風呂場にやってくる。

 

仕方なさそうに洗髪・洗身を終えると、

Sさんは浴槽に入らないで、浴槽に腰をかけ

 

「釣り」

 

のような仕草をして、

じっと湯面を見つめている。

 

釣り人

こんなイメージです。

何をしているのだろう、

彼の目には何が映っているのだろう?

素朴な疑問と興味から私はSさんに質問した。

 

「釣れますか?」

 

するとSさんは突然、人が変わったように

険しい表情になり大声で

 

「風呂場に魚なんて

いる訳ないだろ!アホか!!!!」

 

と、怒ってしまった。

私は、失礼な質問をしてしまったと思い

反省してSさんに謝罪したが

Sさんはそこに私が居ないような顔をして、

他の患者と同じように浴槽に入り、

そ知らぬ顔をして漬かっていた。

 

 

だが、数日間私はSさんに無視され続けてしまう。

なぜ、私はSさんを怒らせてしまったのだろうか。

 

浴槽に腰掛けて、釣りの仕草をすることにより、

 

「お風呂は嫌だが釣りなら楽しい。」

 

と、自分で自分を納得させる為に

していた行動だったかもしれない。

 

あるいは、熱い風呂に入ると

 

「溶けてしまう」

 

と思い、自分で「釣り」のような格好をして

 

「溶けない、溶けない、

大丈夫、大丈夫・・・」

 

と、確認していたかもしれない。

 

溶けない為の1つの

彼独特の儀式だったかもしれない。

 

いずれにせよ、自分の世界に

1人浸っているときにに土足で

足を踏み入れられたと感じたのか。

 

それとも自分の世界に入っている時に

看護師の私に不意に話しかけられ

驚きのあまり拒絶してしまったのだろうか。

 

Sさんは両親が既に他界し、

兄弟とも関係性は希薄である。

 

月に1回、甥が来院するが、

小遣いと生活用品、入院費を支払い、

Sさんには会わずに帰る。

 

外泊・外出しているところを見たことが無い。

Sさんは、孤独な生活を

精神病院の病床で過ごしていた。

 

私は興味本位でSさんに風呂場で

 

「釣れますか?」

 

なんて気軽に声をかけるべきではなかった。

 

看護師として、もっとSさんの寂しさに寄り添い

 

「自分は味方である」

 

と伝えて人として心を通わせる努力が

必要だったのではないかと思う。

 

統合失調症の患者さんの行動は

時にユーモラスで愉快に見えるときがある。

しかし、看護師はその行為の意味を知り

患者さんを知る為にあらゆる努力をする必要がある。

この記事を書いた人

野田 長世
野田 長世
1972年生まれ。元看護師。現在はフリーランスとしてサイト・メルマガアフィリに取り組み、指導実績あり。 ECCジュニア教室運営者・講師。 企業向けのコンサル・集客プロモーションも手がける。 「愛」をテーマに、教育・文化・行動心理学・マーケティングについて語る。